SSブログ

インスリン抵抗性の発生機序---代謝性交通渋滞が原因 [糖尿病]

 米・デューク大学Sarah W. Stedman栄養・代謝センター内科学のDeborah Muoio助教授らは、II型糖尿病の発症に先行して起こるインスリン抵抗性は、ブドウ糖と脂肪をエネルギー源に切り替える生体の能力をブロックする"metabolic traffic jam(代謝性交通渋滞)"が原因であるとする知見をCell Metabolism(2008; 7: 45-56)に発表した。


 論文は"Mitochondrial Overload and Incomplete Fatty Acid Oxidation Contribute to Skeletal Muscle Insulin Resistance"(ミトコンドリアの過負荷と不完全な脂肪酸酸化が骨格筋のインスリン抵抗性に寄与する)というタイトルである。
Abstract
 Previous studies have suggested that insulin resistance develops secondary to diminished fat oxidation and resultant accumulation of cytosolic lipid molecules that impair insulin signaling. Contrary to this model, the present study used targeted metabolomics to find that obesity-related insulin resistance in skeletal muscle is characterized by excessive β-oxidation, impaired switching to carbohydrate substrate during the fasted-to-fed transition, and coincident depletion of organic acid intermediates of the tricarboxylic acid cycle. In cultured myotubes, lipid-induced insulin resistance was prevented by manipulations that restrict fatty acid uptake into mitochondria. These results were recapitulated in mice lacking malonyl-CoA decarboxylase (MCD), an enzyme that promotes mitochondrial β-oxidation by relieving malonyl-CoA-mediated inhibition of carnitine palmitoyltransferase 1. Thus, mcd−/− mice exhibit reduced rates of fat catabolism and resist diet-induced glucose intolerance despite high intramuscular levels of long-chain acyl-CoAs. These findings reveal a strong connection between skeletal muscle insulin resistance and lipid-induced mitochondrial stress.


[アブストラクト:Catsduke訳]
 先行諸研究では、インスリンの信号伝達の障害になる減弱した脂肪酸化とそれに随伴する細胞質基質内脂肪分子の蓄積の影響によってインスリン抵抗性が発現すると示唆されている。このモデルに反して、骨格筋における肥満関連性のインスリン抵抗性が、絶食時から摂食時への移行期に糖基質への切り替えを障害する過度のβ酸化とTCAサイクルの有機酸中間産物の同時発生的な枯渇によって特徴づけられることを発見するために、本研究では標的を絞ったメタボロミクスを用いた。培養筋管においては、脂肪誘発性のインスリン抵抗性は脂肪酸のミトコンドリアへの取り込みの制限操作によって抑えられた。これらの結果は、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1(CPT-1)のマロニル-CoAに媒介された(Catsduke補:アロステリック)阻害を解放することで、ミトコンドリア内でのβ酸化を促進する酵素であるマロニル-CoAデカルボキシラーゼ(MCD)の欠損マウスにおいて再検証された。それ故に、マロニル-CoAデカルボキシラーゼホモ欠損マウスは、脂肪代謝率の低下を示し、長鎖アシルCoAの筋肉内レベルが高いにも関わらず、食餌誘発性の耐糖能障害に抵抗した。これらの発見は骨格筋のインスリン抵抗性と脂肪誘発性のミトコンドリアのストレスとの間の強い関連を示している。

<ミトコンドリアが消耗>
 正常な血糖コントロールはインスリンに依存する。食事を取るとインスリンが分泌され、インスリン刺激により骨格筋や脂肪組織などでブドウ糖の取り込みが行われる。インスリン抵抗性は、生体がインスリン刺激に反応しなくなると起こる。インスリン抵抗性は重大な病態で肥満に伴うことが多く、II型糖尿病発症リスクを増大させる。II型糖尿病の研究は長年行われているが、根本的原因の解明までに至っていない。

 Muoio助教授らは、インスリン抵抗性が発生するのは各細胞内にある小さな発電機、つまりミトコンドリアが余分な脂肪を燃焼するのに電力を消耗してしまうからだと説明している。
 通常、生体は日中に利用するエネルギー源を切り替えるが、この現象は代謝可撓性として知られている。
 この点について、同助教授は「夜間や絶食時、運動時には、生体に常に余分に貯蔵されている脂肪が骨格筋組織などのエネルギー源として燃焼される。一方、昼間、特に食事摂取後は、ミトコンドリアはエネルギー源をブドウ糖に切り替える」と説明している。これは理にかなっており、食物の摂取によりブドウ糖の供給が増え、健康な人ではブドウ糖が自由に利用できる場合、ブドウ糖の利用を増加させることができる。

 しかし、思いがけない障害がある。高脂肪・高カロリー食を常に摂取していると、エネルギー源の切り替えが起こらなくなる。ミトコンドリアはすべての脂肪を燃焼させようと働き続けるが、最後にはその力も尽きてしまう
 これが代謝性交通渋滞、つまりミトコンドリアにおける交通渋滞である。この段階では、ブドウ糖の利用、つまり糖代謝が遮断される。慢性的にストレス下に置かれたミトコンドリアは危険信号を出すことにより、インスリンの作用を阻害し、血糖値が上昇する
 同助教授は、これがインスリン抵抗性をもたらす機序であると考えている。「この仮説は50年前に初めて立てられたが、当時はそれを証明するツールがなかった」とこの仮説が全く新しいものではないことを認めている。

<脂肪燃焼産物が関与>
 しかし、現在はツールがある。Muoio助教授らは、質量分析計を用いてミトコンドリアの代謝産物、つまり脂肪燃焼の産物が肥満とインスリン抵抗性の発生に関与していることを明らかにした。
 同助教授らはモデル細胞、モデル動物(Catsduke注:MCDホモ欠損マウス)の作製も行い、脂肪酸輸送に関与する酵素が欠乏した状態ではミトコンドリアが防護され、骨格筋はインスリンシグナルに反応し続けることを示した。そして、これは実は高脂肪食負荷が原因であることを示唆している。

 同助教授は、この知見のなかには朗報もあるとし、「インスリン抵抗性を予防するには非常に簡単な2つの方法がある。運動量を増やすことと、脂肪の摂取を減らすことだ。これによりミトコンドリアがより効率的に脂肪を燃焼しやすくなる」と述べている。[Medical Tribene08年2月28日(VOL.41 NO.9) p.69記事に、Catsdukeがアブストラクト訳を補足]


【コメント】
 ブタ人間や室内飼いのネコや去勢されたネコなどの「ふっといくん」たちが、糖尿病になりやすい理由はレプチン然り、アディポネクチン然り、肥満との関係が明らかにされてきている訳ですが、これで細胞レベルのメカニズムがより緻密に検証された格好です。

 そして、うちのタマの例で言うと、m/d給餌中は落ち着く血糖値も、食味に飽きて食べなくなったからと、a/d給餌に切り替えて安易に続けると、てきめんに高値で推移してしまう理由もこれで首肯できます。

 さて、本項で言われていることの背景を僅かばかり解説します。要するに、マロニル-CoAは、長鎖脂肪酸の代謝に必要不可欠な酵素であるカルニチンパルミトイル転移酵素1(CPT-I)活性をアロステリックに阻害する強力な内因性阻害剤であるということに尽きます。CPT-Iは、カルニチンと、脂肪酸(=パルミチン酸)から生成されたアシル-CoAを結合させ、アシルカルニチン(palmitoylcarnitine)とする酵素です。アシルカルニチンの形になった脂肪酸は、ミトコンドリアの内膜を通過して、ミトコンドリア内(=マトリックス)に移行するので、脂肪酸分解=β酸化を促進する酵素です。

 一方、アセチル-CoAに炭酸(CO2)が結合するとマロニル-CoAという脂肪酸合成の中間代謝産物が合成されますが、それが、CPT-1活性を抑制し、脂肪酸分解(=β酸化)を抑制します。逆に、マロニル-CoAデカルボキシラーゼ(MCD)は、CPT-1活性を抑制するマロニル-CoAから、炭酸(CO2)を取り外してアセチル-CoAにする酵素なので、脂肪酸分解(β酸化)を促進します。

 インスリンは、アセチル-CoAカルボキシラーゼ(ACC)の活性を促進し、脂肪酸合成を促進し、マロニル-CoA生成を促進します。そのマロニル-CoAは、CPT-Iの活性をアロステリックに阻害します。その結果、脂肪酸のミトコンドリア内への取り込み(=脂肪酸分解=β酸化)が抑制され、細胞質ゾルに留まるので、結果的にインスリンはCPT-Iを抑制することで脂肪酸のβ酸化を抑制していることになります。逆に言えば、インスリン抵抗性とは、CPT-Iが抑制されないことで脂肪酸のβ酸化が亢進している状態と考えられる訳です。なお、高校生物IIレベルの常識かもしれませんが付言しますと、脂肪酸合成(=マロニルCoA経路)は細胞質ゾル(cytosol)で行われ、脂肪酸分解(=β酸化)はミトコンドリア内で行われています。

 脂肪酸酸化の律速酵素であるCPT-Iに触媒され生成したアシルカルニチンがミトコンドリア内部でCoA型に変換され、そのアシル-CoAはβ酸化経路に入ってアセチル-CoAを生成し、CPT-Iを阻害するマロニル-CoAレベルの上昇を引き起こすことで、脂肪代謝を妨害し、脂肪合成に有利に働きます。その一方で、マロニル-CoAレベルが低い場合には、長鎖脂肪酸をミトコンドリア内へ輸送させることにより、脂肪酸代謝に好都合となる訳で、マロニル-CoAは、脂肪酸合成と脂肪酸酸化とのバランスを保つ上で重要な役割を果たす中心的代謝物であり、マロニル-CoAデカルボキシラーゼ(MCD)は細胞質ならびにミトコンドリアのマロニル-CoAレベルを調節しうることが示されています。

 CPT-Iの阻害剤自体は、過去の研究で、その血糖値を制御する能力について評価されており、これらはすべて決まって血糖降下性でした(Anderson、Current Pharmaceutical Design 1998;4:1)。ただし、糖尿病をCPT-I阻害剤で直接治療することは、その機構に基づく肝および心筋毒性の原因となっていて、問題があった訳です。

 ところが、CPT-Iをその内因性阻害物質であるマロニル-CoAの増加を通じて阻害するMCD阻害剤は、糖尿病性疾患の治療のために、CPT-I阻害剤と比べて安全かつ優れているわけで、そのラインの研究も存在します。
というのも、MCD阻害剤でマロニル-CoAレベルを高めることによってCPT-I活性を阻害すると、脂肪酸の酸化を阻害することで、エネルギー代謝をグルコース酸化へシフトすることとなり、既知のCPT-I阻害剤に比べてはるかに安全な方法が得られると考えられるからです。

 脂肪を過剰に摂取すると、血中インスリン濃度が上昇しても、全身組織(骨格筋など)での糖取り込みが減少することは過去にも知られていた訳ですから、Muoio助教授による本研究、および後載のUnger教授の研究からは、食餌=高脂肪食の制限=生活習慣の改善こそが、こうしたMCD阻害剤と同じ機序で、血糖のコントロールを可能にすることを示したことになります。

Medical Tribene誌08年6月19日(Vol.41 No.25) p.01]号には、以下の記事が掲載されました。

「インスリン抵抗性で肥満を伴う2型糖尿病患者----強化インスリン療法より減量が有効」
 テキサス大学サウスウェスタン医療センター・タッチストーン糖尿病研究センター内科のRoger Unger教授らは,インスリン抵抗性と肝臓および筋肉における脂肪の過剰蓄積との関係を検討し,コントロール不良でインスリン抵抗性を伴う過体重のII型糖尿病患者の治療には、強化インスリン療法よりも体重減少と大幅なQOL改善のほうが有効だとする論評"Reinventing Type 2 Diabetes: Pathogenesis, Treatment, and Prevention"をJAMA(2008; 299: 1185-1187)に発表した。


<インスリンが脂肪蓄積を加速>
 米国立衛生研究所(NIH)の米国立心肺血液研究所(NHLBI)は糖尿病と心疾患に関する臨床試験を行っていたが、血糖値を現行の臨床ガイドラインの目標値より低い値に保つ治療を受けた患者のうち250例以上が死亡したため試験を一部中止した。

 インスリン値が高い場合、一部の組織では脂肪分子による過負荷の状態となるため、インスリン抵抗性が生じることを示すエビデンスがある(Catsduke注;本ブログ記事掲載Cell Metabolism論文のこと)。インスリン抵抗性および肥満を伴うII型糖尿病患者の多くは、インスリン抵抗性にも対処すべく高用量のインスリンによる治療を受けている。インスリンの用量を上げると血糖値が下がる一方で、脂肪分子が増え、臓器損傷の原因となる。

<食生活の変化に対処できない>
 糖尿病,肥満とインスリン抵抗性について50年以上研究してきたUnger教授は「インスリン抵抗性および肥満を伴うII型糖尿病患者に対する強化インスリン療法は,糖尿病の原因となる脂肪酸を増加させるため禁忌である」と述べている。最も妥当な治療法は,カロリー摂取を抑えて血液中のインスリン量を減少させ,インスリン増加により刺激される脂肪酸の合成を低減させる方法である。インスリンの用量を上げても,体脂肪が増えるだけだという。

 同教授は「近年,米国人は高カロリー食を多く摂取しているが,身体は高カロリーの食事に対応していない」と述べている。

 インスリンが発見されるまでは、糖尿病の唯一の治療法は絶食であった。同教授は「現在では、必要なら肥満治療手術など多数の治療選択肢があり、インスリンの投与開始前に脂肪を減らしておくことができる。脂肪はインスリン抵抗性の原因で、膵臓内でインスリンを産生しているβ細胞をも死滅させてしまう。これがII型糖尿病の原因だ」と説明。「インスリンを増量すると,ブドウ糖が脂肪産生に回る。現在では、体脂肪を減らしてインスリン抵抗性に対処することで糖尿病を改善する治療法がある。インスリン療法は、このような治療法がすべて不成功な場合にのみ用いるものだ」としている。

 同教授は、インスリンはインスリン欠乏症の患者に投与すべきで,インスリン値が既に高いが無効な患者には投与すべきでないとし、「インスリン抵抗性の患者に、より多くのインスリンを投与することは,血流抵抗に対抗しようとして高血圧患者の血圧をさらに上げるのと同じことだ。抵抗を下げるよう試みる治療こそが必要である」と述べている。現在,米国には1,800万~2,000万人のII型糖尿病患者がいる。

 さて、ミトコンドリアと糖尿の関連と言えば、東北大の岡先生のミトコンドリア糖尿病(MIDD)の研究(日本臨床 2006;Suppl 3:59-63.)を読みますと、血糖増加は膵β細胞内のATP増加に反映してインスリン分泌シグナルが伝達されるが、ミトコンドリア異常ではATP産生を障害し、インスリン分泌不全を招来することが理解されます。
 →岡・後藤『ミトコンドリア糖尿病』診断と治療社(1997)


 ところで、実際、ミトコンドリア糖尿病患者にノイキノンなど(=Q10)が投与されていることからも、ミトコンドリア機能を高め、整えることが症状改善をもたらすのならば、糖尿病一般にも効果があって然るべきかと思います。

 すでに、いくつかの小規模な研究からは、CoQ10はβ細胞のインスリン生成を増加させることによって血糖コントロールを改善することがわかっていますが、以上を勘案すると、CoQ10の摂取は、抗酸化物質としてではない機序でも、糖尿病予防やインスリン抵抗性解除に効果を持つという蓋然性が出てきます。
 うちのタマには、1日1回あたりCoQ10 30mgをα-トコフェロール400IUに溶かして食餌(a/d)と一緒に投与した時に、どの程度改善があるか実験中です(笑)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

           医療用医薬品が買える! 三牧ファミリー薬局

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。