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胸腺内でのヘルパーT細胞への分化メカニズムを解明 [先端医療]

免疫T細胞の作り分けを解明=エイズやがんの新治療法期待−理研(時事通信社 - 09月08日 11:01)

 体内への病原体の侵入やがん細胞の発生を他の免疫細胞に知らせる司令塔役の「ヘルパーT細胞」と、直接攻撃する「キラーT細胞」を作り分ける遺伝子の詳細な働きを、理化学研究所の免疫・アレルギー科学総合研究センターが解明し、米科学誌ネイチャー・イムノロジー電子版に8日発表した。この遺伝子を人為的に制御できれば、エイズやがんなどの新治療法につながると期待される。
【コメント】
 元記事で言われている論文は、9月7日付けのNature Immunology電子版に掲載された"Cascading suppression of transcriptional silencers by ThPOK seals helper T cell fate"(Th-POKタンパクによる転写サイレンサーの連鎖的抑制はヘルパーT細胞の分化運命を決定する)のことである。


Abstract
 CD4 and the transcription factor ThPOK are essential for the differentiation of major histocompatibility complex class II–restricted thymocytes into the helper T cell lineage; their genes (Cd4 and Zbtb7b (called 'ThPOK' here)) are repressed by transcriptional silencer elements in cytotoxic T cells. The molecular mechanisms regulating expression of these genes during helper T cell lineage differentiation remain unknown. Here we showed that inefficient upregulation of ThPOK, induced by removal of the proximal enhancer from the ThPOK locus, resulted in the transdifferentiation of helper lineage–specified cells into the cytotoxic T cell lineage. Furthermore, direct antagonism by ThPOK of the Cd4 and ThPOK silencers generated two regulatory loops that initially inhibited Cd4 downregulation and later stabilized ThPOK expression. Our results show how an initial lineage–specification signal can be amplified and stabilized during the lineage–commitment process.


【Catsduke訳】
 II型MHC拘束性胸腺細胞をヘルパーT細胞系列へ分化させるには、CD4と転写因子Th-POK[の発現]が不可欠である;それらの遺伝子(CD4とZbtb7b[本論文ではTh-POKと呼称])は細胞傷害性T細胞中の転写サイレンサー因子によって抑制されている。しかし、ヘルパーT細胞系列の分化過程におけるこれら遺伝子の制御発現の分子機構はまだ不明のままである。我々は、Th-POKの遺伝子座からのエンハンサー領域(PE)の除去による誘導で、Th-POK遺伝子の発現上昇が起こらないと、ヘルパー系列特異的細胞から細胞傷害性T細胞系列への分化転換を導くことをここに示す。さらに、Th-POKタンパクがCD4遺伝子とTh-POK遺伝子のサイレンサーへ直接的に結合して拮抗することで、まずCD4遺伝子の発現低下を阻止し、その後Th-POK遺伝子の発現を維持するという二つの[Catsduke補:ポジティヴ・フィードバック]制御ループを形成することも示す。我々の研究結果は、主要な分化決定信号が如何に増幅され維持され得るのかを示している。

 この研究は、2月8日に発表された論文"Repression of the Transcription Factor Th-POK by Runx Complexes in Cytotoxic T Cell Development"[キラーT細胞の分化におけるRunx転写因子複合体によるTh-POKの抑制](Science 319:822-825)での、Tリンパ球の胸腺内での分化過程を制御する核内転写因子ネットワークを解明した理研の先行研究を発展させたものである。


Abstract
 Mouse CD4+CD8+ double-positive (DP) thymocytes differentiate into CD4+ helper-lineage cells upon expression of the transcription factor Th-POK but commit to the CD8+ cytotoxic lineage in its absence. We report the redirected differentiation of class I–restricted thymocytes into CD4+CD8– helper-like T cells upon loss of Runx transcription factor complexes. A Runx-binding sequence within the Th-POK locus acts as a transcriptional silencer that is essential for Th-POK repression and for development of CD8+ T cells. Thus, Th-POK expression and genetic programming for T helper cell development are actively inhibited by Runx-dependent silencer activity, allowing for cytotoxic T cell differentiation. Identification of the transcription factors network in CD4 and CD8 lineage choice provides insight into how distinct T cell subsets are developed for regulating the adaptive immune system.


【Catsduke訳】
 マウスのCD4+CD8+ダブルポジティブ(DP)胸腺細胞は、Th-POK転写因子の発現によって、CD4+ヘルパーT細胞系列に分化する一方で、Th-POKの発現がない場合はCD8+キラーT細胞系列へ分化するようになる。本研究で我々は、Runx転写因子複合体の欠損により、I型MHC拘束性の胸腺細胞の分化の方向が転換し、CD4+CD8-のヘルパー細胞様T細胞に分化することを報告する。Th-POK遺伝子座内にあるRunx結合配列は、転写を負に制御するサイレンサーとして機能し、Th-POK遺伝子の発現抑制やCD8+T細胞の分化にとって必須である。つまりTh-POKの発現、さらにはその発現によって誘導されるヘルパーT細胞の遺伝的分化プログラムが、Runx依存性のサイレンサー活性によって積極的に抑制されるため、キラーT細胞の分化が起こると考えられる。CD4とCD8の系列決定において、転写因子ネットワークを同定することは、獲得免疫系の制御のために、各T細胞亜群が如何に発生するかを理解するきっかけとなる。

 高校生物で学ぶように、Tリンパ球には、異物の情報を他の免疫細胞に知らせて免疫応答を調節する「ヘルパーT細胞」と、病原体に感染した細胞や癌細胞を直接攻撃する「キラー(細胞傷害性)T細胞」がある。

 この両者は胸腺で共通の前駆細胞から作られる。しかし前駆細胞がいずれの細胞に分化するのかという運命を決定するメカニズムは長らく不明であった。
 この先行研究で、遺伝子発現を制御し、Tリンパ球の働きを調節することが知られていた「Runx」という転写因子が胸腺での前駆細胞の運命決定も制御していることが発見された。また前駆細胞がキラーT細胞に分化するには、ヘルパーT細胞へ分化させる働きをするTh-POK遺伝子上のある領域にRunxが結合して、Th-POK遺伝子の発現を抑制していることが、マウスの実験で突き止められた。

 胸腺細胞でRunx転写因子の機能を破壊したマウスでは、本来ならキラーT細胞に分化する細胞がヘルパーT細胞に分化するという運命転換が起こり、キラーT細胞が消失した。またTh-POK遺伝子上のRunxが結合する領域(=Th-POKサイレンサー)欠損マウスでも、同様にキラーT細胞が消失し、RunxによるTh-POK遺伝子の発現制御の重要性も証明した。

 そして今回のNature Immunologyに発表された論文"Cascading suppression of transcriptional silencers by ThPOK seals helper T cell fate"(Th-POKタンパクによる転写サイレンサーの連鎖的抑制はヘルパーT細胞の分化運命を決定する)では、より詳細にTh-POK遺伝子の発現制御機構の解明に挑み、ヘルパーT細胞への分化過程の解明がなされた訳である。いくつもの遺伝子操作マウスの作製・解析により、ヘルパーT細胞分化過程でのTh-POKタンパク質の機能とTh-POK遺伝子の発現制御機構を明らかにした大発見である。

 ヘルパーT細胞とキラーT細胞はいずれも、細胞表面に糖タンパク質CD4とCD8を共に発現しているCD4+CD8+ダブルポジティブ(DP)胸腺細胞を前駆細胞としています。DP胸腺細胞の分化決定では、CD4分子はII型MHCとTCRの反応を補助する役割を持ち、補助分子と呼ばれる。CD4分子が一定の時間発現し続けることが、ヘルパーT細胞の分化に重要だと過去示されてきたが、DP胸腺細胞がどのようにヘルパー/キラーへの分化決定を行っているのかは、よくわかっておらず、分化決定機構の解明は免疫学の大きな課題の1つであった。

 DP胸腺細胞の運命決定の研究では、2005年にヘルパーT細胞分化のマスター転写因子「Th-POK」の同定という画期的な発見がなされた(Nature 433:826-833)。
 この発見で、Th-POKタンパク質を人為的に強制発現させたトランスジェニックマウスでは、全DP胸腺細胞がヘルパーT細胞に分化し、また逆にTh-POKタンパク質機能欠損マウスでは、全DP胸腺細胞がキラーT細胞に分化することが判明した。即ち、MHC拘束性に依らず、Th-POK遺伝子が発現するか否かで、DP胸腺細胞の運命が決定することが判明した。

 遺伝子発現は、その遺伝子の近傍に存在するシス制御領域というDNA配列の機能が、特定の転写因子=トランス制御因子の結合によって調節を受けて制御される。遺伝子発現を促進する機能をもつ制御領域を「エンハンサー」、逆に遺伝子発現を抑制する制御領域を「サイレンサー」と呼ぶ。つまり遺伝子はエンハンサーとサイレンサーのバランスにより、その発現が制御される訳である。

 すでに2002年に、本研究の谷内チームリーダー(当時ニューヨーク大)が、CD4サイレンサーに結合して機能発現に重要である転写因子として「Runx転写因子」を同定していた(Cell 111:621-633)。

 さらに、上述の先行研究でTh-POK遺伝子内に新たなサイレンサー領域(Th-POKサイレンサー)を同定し、このサイレンサーの機能発現に対してRunx転写因子の結合が持つ重要性を解明していたのだった。  
 研究チームは、Th-POK遺伝子内で、上述のTh-POKサイレンサー以外に2つのエンハンサー領域を同定していた。このうち下流にあるエンハンサー領域(proximal enhancer:PE)は、Th-POK遺伝子の発現維持に重要だと予想されていたため、PE欠損マウスを作製してそれを証明した。
 このマウスは、Th-POK遺伝子の発現上昇が起こらないと、ヘルパーT細胞に分化する予定のII型MHC拘束性TCR(T細胞抗原受容体)を発現する胸腺細胞の一部は、その自然な分化運命をねじ曲げられて、逆のキラーT細胞に分化するという、細胞運命の転換が起こることが判明した。この結果から、Th-POKタンパク質はヘルパーT細胞への分化を促進すると共に、キラーT細胞への分化能を消去する役割を果たすこと、Th-POK遺伝子の十分な発現上昇は完全なヘルパーT細胞の分化に非常に重要なことが判明した。

 またI型MHC拘束性キラーT細胞の分化過程では、CD4遺伝子やTh-POK遺伝子の発現は、サイレンサーにより抑制されていることが判明している。一方でII型MHC拘束性ヘルパーT細胞の分化過程では、これらサイレンサーが機能していないため、CD4遺伝子やTh-POK遺伝子が発現可能であると思われる。そこで、研究チームはCD4サイレンサーを欠損するマウスとPEを欠損するマウスを交配するなどして、以下の結果を導き出した。

 (0).CD4サイレンサーの欠損が加わることで、PEの欠損によるTh-POK遺伝子の発現低下が起きてもCD4遺伝子の発現低下は見られなくなり、Th-POKタンパク質がCD4サイレンサーの機能を抑制することで、II型MHC拘束性の胸腺細胞ではCD4の発現が維持される。
 (1).II型MHC拘束性胸腺細胞のTh-POK遺伝子の発現維持には、Th-POKタンパク質が自分自身の遺伝子内にあるTh-POKサイレンサーの機能を抑制することが重要である。
 (2).Th-POKタンパクはCD4サイレンサーやTh-POKサイレンサーと直接結合する。
 (3).Th-POKタンパクはCD4サイレンサーの機能を非常に強く抑制し、Th-POKタンパクの発現の有無がCD4サイレンサーの機能を制御するスイッチとして働く。
 (4).Th-POKタンパクの発現だけではTh-POKサイレンサーの機能を完全には抑制できず、Th-POKタンパクはTh-POKサイレンサーの機能制御機構の一部として働く。

 以上の結果から、Th-POK遺伝子発現の上昇がヘルパーT細胞の分化に重要で、Th-POKタンパクがキラーT細胞の分化プログラムを抑制する作用があることが判明した。
   また、Th-POKタンパク自身が、CD4サイレンサーとTh-POKサイレンサーの機能を抑制することでフィードバック制御ループを形成し、Th-POK遺伝子の発現を増幅・維持しているとも判明した。

 すなわち、ヘルパーT細胞の分化の初期シグナルによってTh-POK遺伝子の発現が誘導されると、Th-POKタンパク質がCD4分子の発現を維持するように働くことで外部刺激(II型MHC拘束性TCRからのシグナル)を維持し、その信号はTh-POKサイレンサーの機能抑制につながり、Th-POK遺伝子の発現が増強し、蓄積したTh-POKタンパク質は自分自身のサイレンサーに結合することで自分自身の発現を維持する(下図)。



 理化学研究所によれば、ヘルパーT細胞の詳細な分化プログラムを明らかにすることで、ES細胞やiPS細胞からの人工的なヘルパーT細胞の誘導や、ヘルパーT細胞とキラーT細胞の機能を併せ持つ新たなT細胞の創成が可能になり、免疫疾患の新たな治療法の開発につながることがと期待できるとのことである。

 【理化学研究所:プレスリリース】
  http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2008/080908_2/index.html

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