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ヒト睾丸由来の生殖幹細胞から新たな万能細胞を作成 [先端医療]

成人男性の精子幹細胞から万能細胞作成----再生医療へ応用期待(時事通信社 - 08年10月09日)

 成人男性から精子のもとの幹細胞を採取して特殊な方法で培養し、増殖能力が高く、身体のあらゆる細胞に分化する胚性幹細胞(ES細胞)によく似た万能細胞(多能性幹細胞)を生み出したと、ドイツのテュービンゲン大などの研究チームが9日、英科学誌ネイチャーの電子版に発表した。

 精子幹細胞からの多能性幹細胞作成は、2004年12月に京都大大学院医学系研究科の篠原隆司教授らが新生児マウスで初めて成功し、「多能性生殖幹(mGS)細胞」と名付けたと発表。4年足らずでヒトでも実現した。将来、男性難病患者の再生医療への応用が期待される。 
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 元記事で言及されているのは、論文"Generation of pluripotent stem cells from adult human testis"(成人ヒト睾丸からの多能性幹細胞の産生)の事で、Nature(Published online 8 October 2008)に掲載された、独・チュービンゲン大・実験発生学部・解剖学研究所のSabine Conrad博士らの研究である。

Abstract
 Human primordial germ cells and mouse neonatal and adult germline stem cells are pluripotent and show similar properties to embryonic stem cells. Here we report the successful establishment of human adult germline stem cells derived from spermatogonial cells of adult human testis. Cellular and molecular characterization of these cells revealed many similarities to human embryonic stem cells, and the germline stem cells produced teratomas after transplantation into immunodeficient mice. The human adult germline stem cells differentiated into various types of somatic cells of all three germ layers when grown under conditions used to induce the differentiation of human embryonic stem cells. We conclude that the generation of human adult germline stem cells from testicular biopsies may provide simple and non-controversial access to individual cell-based therapy without the ethical and immunological problems associated with human embryonic stem cells.


アブストラクト[Catsduke訳]
 ヒト始原生殖細胞とマウスの新生児期および成体生殖幹細胞は多能性を有し、ES細胞と相似した諸特徴を有する。ここに我々は成人ヒト精巣の精原細胞由来のヒト成体生殖幹細胞の樹立に成功した事を報告する。これらの細胞の細胞および分子キャラクタリゼーションはヒトES細胞との多くの類似点を明らかにし、生殖幹細胞は免疫不全マウスへの移植後にテラトーマを産生した。ヒト成体生殖幹細胞は、ヒトES細胞の分化誘導に使われたものと同状況下では、三胚葉全ての様々なタイプの体細胞に分化した。我々は精巣バイオプシーから得たヒト成体生殖幹細胞の産生は、ヒトES細胞に伴う倫理的・免疫学的諸問題のない細胞療法に、単純かつ問題の生じない手段を提供する可能性があるという結論に達した。

【コメント】
 日本では、京大の篠原隆司教授の研究チーム(京大ほか、東京医科歯科大学、理研バイオリソースセンター、鳥取大生命科学研究科との共同研究)がマウスの精巣から、ES細胞とほぼ同様の機能を持つ、この多能性幹細胞の樹立に既に成功している。
 なお篠原先生は、京大医学部を経て大学院修了後、平成11年ペンシルバニア大・獣医学部リサーチフェロー。翌年、京大院医学研究科の分子生体統御学講座分子生物学・助手、平成15年に先端領域融合医学研究機構・特任助教授を経て、翌年に遺伝医学講座分子遺伝学分野教授となり、現在に至る。


 元記事の研究は、これをヒトにおいて行ったものであり、成功するのは単に時間の問題であった。先鞭をつけたのは先生方の研究である。

 生殖系列細胞は多能性の細胞を生じる能力を持ち、胎生期の内部細胞塊からはES細胞(embryonic stem cell:胚性幹細胞)、始原生殖細胞からはEG細胞(embryonic germ cell:胚性生殖細胞)と呼ばれる多能性幹細胞を作ることができる。ただし、生殖細胞の多能性細胞の形成能力は胎生中期に失われ、生後の生殖細胞には多能性はないと考えられていた。

 文字通り、精子形成の源になる細胞が精子幹細胞であるが、2003年に篠原先生のグループはこの精子幹細胞の長期培養法を、論文"Long-Term Proliferation in Culture and Germline Transmission of Mouse Male Germline Stem Cells"で報告している。 (Biology of Reproduction 69:612-616)。

Abstract
 Spermatogenesis is a complex process that originates in a small population of spermatogonial stem cells. Here we report the in vitro culture of spermatogonial stem cells that proliferate for long periods of time. In the presence of glial cell line-derived neurotrophic factor, epidermal growth factor, basic fibroblast growth factor, and leukemia inhibitory factor, gonocytes isolated from neonatal mouse testis proliferated over a 5-month period and restored fertility to congenitally infertile recipient mice following transplantation into seminiferous tubules. Long-term spermatogonial stem cell culture will be useful for studying spermatogenesis mechanism and has important implications for developing new technology in transgenesis or medicine.


アブストラクト(Catsduke訳)
 精子形成は精原幹細胞の小集団において起こる複雑なプロセスである。ここに我々は、長期間増殖可能な精原幹細胞の生体外培養法を報告する。グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)と上皮細胞増殖因子(EGF)と塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)と白血病抑制因子(LIF)の存在下で、新生児マウスの精巣からの始原生殖細胞は5ヶ月間にわたり増殖し、精細管への移植後に先天的不妊のレシピエントマウスの受精能が回復した。長期間の精原幹細胞の培養は、精子形成のメカニズムの研究に有用であろうし、遺伝子組換えや医学における新たなテクノロジーの開発に対する重要な意味を有することになろう。

 篠原先生がたのこの精子幹細胞の長期培養法では、上のアブストラクトにもあるように、新生児マウスの精巣細胞をGDNF・LIF・EGF・bFGFの存在下で培養すると、培養生殖細胞はES細胞とは別形態のコロニーを生じ、精子幹細胞の対数増殖を誘導する。培養された精子幹細胞は不妊マウスの精巣内に移植すると精子を作り、雌との交配によって正常な子孫を産む。この性質に因み、培養された精子幹細胞はGermline Stem Cell=「GS細胞」と命名された。

 篠原先生がたは次のステップとして、このGS細胞を用いた遺伝子改変マウス作成を試みた。その過程で、2004年にGS細胞にまじってES細胞と同様な形態を持つコロニーが出現することを発見し、Cellに発表した論文"Generation of plluripotent stem cells from neonatal mouse testis(新生児マウス睾丸からの多能性幹細胞の産生)"では、この細胞がES細胞とほぼ同様な性質を持つ細胞であることを報告された(Cell 119:1001-12)。唯一ES細胞と異なる点はDNAのメチル化のパターンで、ES細胞は体細胞型であるのに対して、この精巣由来ES様細胞は精子に近いものであったことである。ES/EG細胞は胎児組織から樹立されるが、このMultipotent Germline Stem Cell=「mGS細胞」は生後の生殖細胞からも同等の性質を持つ細胞が得られることを示している。


Abstract
 Although germline cells can form multipotential embryonic stem (ES)/embryonic germ (EG) cells, these cells can be derived only from embryonic tissues, and such multipotent cells have not been available from neonatal gonads. Here we report the successful establishment of ES-like cells from neonatal mouse testis. These ES-like cells were phenotypically similar to ES/EG cells except in their genomic imprinting pattern. They differentiated into various types of somatic cells in vitro under conditions used to induce the differentiation of ES cells and produced teratomas after inoculation into mice. Furthermore, these ES-like cells formed germline chimeras when injected into blastocysts. Thus, the capacity to form multipotent cells persists in neonatal testis.The ability to derive multipotential stem cells from the neonatal testis has important implications for germ cell biology and opens the possibility of using these cells for biotechnology and medicine.


[アブストラクト:Catsduke訳]
 生殖系列細胞は、多分化能のES細胞/EG細胞を形成できるが、これらの細胞は胚性組織からしか得られず、こうした多能性細胞は新生児の生殖腺からは得られなかった。ここに我々は新生児マウス睾丸由来のES様細胞確立に成功した事を報告する。これらES様細胞は、そのゲノム刷り込みのパターンにおいて以外は、表現型的にES/EG細胞によく似ている。これらは、ES細胞の分化誘導に用いられる条件下で、様々なタイプの体細胞に生体外で分化し、マウスへの移植後にテラトーマを産生した。その上、これらES様細胞は胚盤胞に注入した時に異生殖系列キメラを形成した。それ故、多能性細胞形成の可能性は、新生児の睾丸内に存在している。新生児睾丸由来の多能性幹細胞の持つ能力は、生殖細胞生物学に重要な意味を持つし、これらの細胞の使用はバイオテクノロジーと医学に多くの可能性を開いている。

 本研究では、以前の精子幹細胞の培養条件下で新生児マウスの精巣を培養すると、約20%の頻度でES細胞様形態を持つ細胞が出現することが発見された。この細胞はES細胞と同様な分子マーカーを発現しており、筋肉・血液・神経などの種々の体細胞を産生し、胚盤胞内への移植で生殖細胞を形成し、当該細胞由来の子孫も作成可能になった。この発見で、今後は精子幹細胞を用いた再生医療・バイオテクノロジーの研究が飛躍的に進むと考えられる。

 ES細胞の樹立には受精卵=胎児を犠牲にしなければならず、倫理的問題が生じている。しかし、個体の生命を犠牲にせずに同様な機能を持つ細胞を樹立可能なことが示され、ES細胞を用いた再生医療の持つ問題点を解決する一つの方向性を示すとは言える。核移植を使わずとも自己の精巣組織から免疫学的拒絶反応がない多能性細胞が取れるのも利点である。しかし、バラ色の技術と呼ぶだけでなく、以下の問題点は存するのではないか。

1.自己の精巣組織から拒絶反応がない多能性細胞を取り、治療に使えるのは、所詮は先進国の一部の金持ちに過ぎない。来世紀にでもならない限りは、これが国民皆が受けられるような安価で一般的な治療法になるとは思えない。即ち、臓器移植のドナーとレシピエントの非対称性と全く同じ問題を有する。

2.mGS細胞は生殖細胞を形成する能力も持つので、mGS細胞のゲノム操作を行うことで、新しい個体遺伝子改変法の開発を促すと考えられるが、それもまた、数回も心臓移植をしているようなアラブの金持ちのような一部の経済的選良にのみ許される遺伝子操作に繋がらないのかという疑問は残る。


【ES・iPS細胞参考書】
山中伸弥 編『実験医学増刊 Vol. 26-5』(再生医療へ進む最先端の幹細胞研究―注目のiPS・ES・間葉系幹細胞などの分化・誘導の基礎と各種疾患への臨床応用)



山中伸弥『iPS細胞ができた!―ひろがる人類の夢』


須田年生『幹細胞の基礎からわかるヒトES細胞』


【生命倫理・参考書】
人間改造論―生命操作は幸福をもたらすのか?


◆「人間改造」のどこが問題か?◆(出版社HPより)
 クローン羊、人工授精、臓器移植、ヒトゲノムの解読など、生命科学や医療技術の進展にはめざましいものがあります。このままいけば、遺伝子操作によって「永遠の生命」を手に入れるのも夢でないかもしれません。しかし、そこに落とし穴、危険性はないでしょうか。ヒト・クローンにおいてアイデンティティはどうなるのでしょうか。人間の生活・生命の根拠そのものが危機に瀕しては元も子もないはずですが。
 著者たちは「人間改造」や「生命操作」やエンハンスメント(増進的介入)はどこまで許容できるのか。許容できないとすればどこに問題があるのか、歯止めをかける根拠は?など、これらの問題の現状を丹念に調査したうえで問題点を拾い上げ、ひろく議論を提供しようとします。執筆者は鎌田東二・上田紀行・粟屋 剛・加藤眞三・八木久美子の諸氏。

◆目 次◆
 生命倫理の文明論的展望(町田宗鳳)
 クローンと不老不死(鎌田東二)
 エンハンスメントに関する小論(栗屋 剛)
 心のエンハンスメント(上田紀行)
 肥満社会とエンハンスメント願望のもたらす悲劇(加藤真三)
 人口生殖は神の業への介入か?(八木久美子)
 先端科学技術による人間の手段化をとどめられるか?(島薗 進)

池田清彦『脳死臓器移植は正しいか』(角川ソフィア文庫)

 臓器移植、人工臓器、遺伝子治療……医療技術の進歩は、さまざまな病気の治療を可能にした。なかでも脳死臓器移植技術の進歩は著しいが、一方で、この技術は、死生観の再検討を迫っている。脳死は人の死か。そもそも人の死とは何か。脳死後、臓器摘出中に動いたり、脳死状態で数十年も生き続けたりする人を前に「死」をどう捉えればよいのか。脳死臓器移植の問題点に、構造主義生物学者でリバータリアンである筆者が真正面からぶつかり、歴史・医療技術・経済の見地から私たちに鋭く問いかける。 生命倫理の新たな基本文献とも言える書籍。
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