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チャングムびっくり、防風通聖散がやせ薬? [東洋医学]

 防風通聖散を肥満に使うのは、いかに日本漢方がいい加減かを示す好例である。プラセボ以上に効くのかどうか、有効性をEBMできちんと示しえているのかどうか、大変疑わしい。肥満で便秘があったら、あるいは高血圧気味なら効くのだと思っていれば、漢方を知らないアホである。

 専門的で恐縮だが、中医学では防風通聖散は「表寒・裏実熱」証に用いる「辛温解表・清熱解毒・瀉下利水」剤なのである。
 日本漢方では表裏倶実(詳しくは後述)を体力の充実ととらえ、「重役タイプの太鼓腹」を目標としており、一貫堂医学の「臓毒証体質」から来たものであろうが、こんなものは本来の漢方とは無関係のインチキ診断であり、ここから本剤の瀉下利水効果を「肥満」の治療に使うという類推が起こっているのだと思われる(こういう考えは私だけではない。検索すればすぐヒットする漢方専門薬局の薬剤師さんの多くのブログやここなどを参照されたい)。

 しかし、漢方薬は「証」が合わねば効かないものであり、そうした投薬は「誤治」であって、効かぬだけではなく、服用による被害、すなわち世間で言う副作用が生じ得る。
(副作用は体に良くないものだけではない。標的器官は心臓だったのに勃起力を高める副作用を持ったバイアグラは、逆に性的不能治療剤に転用された。ナイトールやドリエルなどの睡眠導入剤は、かぜ薬などに含まれる抗ヒスタミン剤が脳内伝達物質であるヒスタミンをブロックして眠気を誘うという副作用を正作用に逆用している)。

 そんな漢方的には誤っているパラダイムの元で、少々症例報告を集めようが、小規模試験をしようが、大体ほかに「やせ薬」が無いのだから、効力を二重盲検法(DBT)で比較できる薬がない訳だし、プラセボ対照DBTだったとしても漢方薬が薬物である以上は何らかの効果はあるに決まっている。
 そこで、例えば証が合わず効いていないが故の下痢などで体重が減った(そも防風通聖散には大黄が含まれている)のも「効果あり」にカウントされていては何だかなぁであって(それなら普通の漢方の下剤ーーもっとマイルドなものーーを用いれば良い)、いずれにせよ、東洋医学的にも西洋医学的にもいかがわしいということになるのではないのか。

 日本漢方では、表/裏・実/虚・熱/寒・燥/湿などの、漢方の基本的診断をネグっている。医師が東洋医学のトレーニングを医学部で受けずに勝手に「病名処方」で用いるからで、望診も脈診もいいかげんだからだ。チャンドクやシン・イクピル医務官による厳しいトレーニングを受けたチャングムの爪の垢でも煎じて飲まさねばならない(笑)。
湯液・鍼灸・導引全てをこなす漢方の大家・テジャングム様

 「表寒・裏実熱」証ということは、1.悪寒・頭痛・無汗・咳嗽・呼吸困難などの表寒証に加えて、2.口が苦い・口渇・目の充血・のどの痛み・イライラ・腹部膨満感・便秘・尿色が濃いなどの裏実熱証を伴い、3.高熱が見られ、4.舌診は紅色で舌苔が黄厚~垢濁、脈は滑数~弦数でなければならない。

 つまり、今この状態でない者には、全く効かないのが漢方薬である防風通聖散である。そればかりか、証を合わさず用いているということは「漢方薬」として用いている訳ではないのだから、痩せるどころか副作用もありうる訳である。

 ちなみにクラシエ(旧カネボウ)の防風通聖散のインタビューフォームには
「腹部に皮下脂肪が多く、便秘がちなものの次の諸症:高血圧の随伴症状(動悸・肩こり・のぼせ)・肥満症・むくみ・便秘」

 と日本漢方丸だしな適当なこの程度の説明しかされておらず、証もくそもない。クラシエは自社の医家向けのホームペイジで「随証治療」という項目を設けながら、この体たらくである。

 そして何より「肥満」の改善に対する臨床試験が一切ない。元々、漢方薬はモノによっては二千年近い臨床試験=人体実験が行われている(異常に長いフェイズIV。笑)のだから、安全性試験は不要として、日本医師会・武見会長当時の厚生省は一括認可したという経緯があるのだ。
 それはある意味正しいとしても、あくまでそれは証を正しく診断して、その証に合う方剤を処方投薬したときだけであることは論を俟たない。
 
 防風通聖散を、一種の「やせ薬」として、一般的に肥満に対して用いるなどという適応は無い。ならば、大規模臨床試験はやってないにしても、小規模臨床試験や動物実験を反映した肥満改善に関する研究報告くらいは追加収載され載っているかと思って、インタビューフォームを見てみたら、なんと何も載っていない!
「臨床成績:1.臨床効果=該当資料なし、 2.臨床薬理試験:忍容性試験=該当資料なし、3.探索的試験:用量反応探索試験=該当資料なし、4.検証的試験=該当資料なし、5.治療的使用=該当資料なし」
というご立派な状態だった。
(参考:http://www.kampoyubi.jp/seihinjouhou/if_p/ek062_if.pdf

 ただし「 安全性(使用上の注意等)に関する項目」の「5. 慎重投与内容とその理由」には、
「次の患者には慎重に投与すること:下痢・軟便のある患者、胃腸虚弱な患者、食欲不振・悪心・嘔吐のある患者、病後の衰弱期か著しく体力の衰えている患者、発汗傾向の著しい患者、狭心症・心筋梗塞等の循環器系障害のある・または既往歴のある患者、重症高血圧・高度の腎障害・排尿障害・甲状腺機能亢進症の患者」
とされている。副作用や元疾患を悪化させる可能性があるからだろう。
 証に合わさず漠然とした投与対象を初めに挙げるから、後でこういう注意が必要になる。

 しかしコッコアポを買うような層は、こういうところを詳しくは読みはしないだろう。実際に副作用報告も散見される。例えば、元山ほか(大阪市立大学大学院医学研究科肝胆膵病態内科学)「防風通聖散による薬物性肝障害の一例」(「日本消化器病学会雑誌」2008;105(8):1234-1239)などである。


 では、載っていないから、肥満改善に関する研究が皆無なのかといえば、そうではない。動物実験もある。私が検索ですぐに発見したのは、森元ら(鐘紡・漢方ヘルスケア研究所)「フルクトース負荷ラットの体脂肪蓄積に対する防風通聖散の作用」(「日薬理誌」2001;117 (1):77-86)であった。
 鐘紡とはクラシエの旧名である。なぜそれを自分の会社の防風通聖散のインタビューフォームに載せられないのか。ラット4群を比較した研究らしいが、各何匹かすらアブストラクトに書かれていない、怪しい。自社の研究所が発表した論文が、自社の漢方薬のインタビューフォームに載っていないのは、「載せられない」水準だからだろうと思われてもしかたあるまい。

 ヒトでの研究も一例報告に毛の生えたもの(~3例報告)くらいは散見される(例えば、伊藤「小児科臨床」58-7、など)。そうでないものでも、食事制限と併用していたりしていて、医療介入を受けているという意識変化がもたらしたプラセボ的効果を排除できず論文にはならないようなものがほとんどである。

 ざっと検索した中では、京都府立医大の小規模RCT「耐糖能異常を有する日本人肥満女性での防風通聖散の有効性と安全性」(「臨床漢方薬理研究会会誌」2004; 100 回記念号: 19-22)が85人を2群に分けた6ヶ月間のプラセボ対象RCTであった。
 しかし、被暗示性の強い女性ならではだと思うが、プラセボ群まで体重・体脂肪率・皮下脂肪量・収縮期血圧・拡張期血圧・中性脂肪・総コレステロールが半年後に改善が見られた本研究を、僅かの有意差をもって、防風通聖散が耐糖能異常のある肥満者の治療に有用であると結論付けられるかどうかはデータの詳細を見なければ何とも言えない(有意差有りとは言うが、アブストラクトにP値すら載っていない、怪しい)。
 そもそも漢方専門誌に載ったこの研究が、漢方薬のインタビューフォームに載っていないのは、「載せられない」水準だからだろう。

 さて、本来は副作用がないのが漢方薬であるが、それはあくまでも東洋医学的に正しく用いた時だけである。西洋医学の病院で出る漢方薬には副作用が有りえるし、実際にあるのだ。まして、薬局で一般人が適当に買ってきた漢方薬にも副作用は大いに起こりえる(これをどこまでPL法的自己責任に帰し得るか)。

 例えば、小柴胡湯という漢方薬は、中国では肝炎を初めとする肝臓疾患のおよそ数%にしか処方されないような薬なのに、日本では、肝炎に一時80%近く「病名処方」し、しかもインターフェロンと併用していた。その結果、間質性肺炎という副作用を起こし、死者も出してしまった。何と、漢方薬初の「薬害」である。中国では、この対岸の火事を、驚きと困惑とともに見ていたという(『中医臨床』)。

 証も無視した上に西洋医薬と併用する(三国時代の名医・華佗もびっくり!)など、「漢方薬」として用いたのではない(=恣意的に民間薬のハーブをコンビネーションで用いたのと同じになってしまう)訳だから、本来は小柴胡湯自体は無実なのだが、これ以後、副作用を持つ「恐い薬」にされてしまった。漢方薬を真面目に使っていた医家は、しばらくは多大な迷惑を被ったのだった。

 防風通聖散の適応症は、1.体内に炎症や代謝亢進状態があって熱の産生状態が高まっている者(=裏熱)が、2.新たに感染や寒冷な環境に晒されて表在血管の収縮・汗腺閉塞を起こし、体表からの熱放散が妨げられ、鬱熱状態を引き起こしたため、3.体温上昇し、腸管の蠕動が抑制されて便秘になり(=裏実)、4.水分の吸収障害から尿が濃縮されるという状態の者である。

 こうした体表から熱の放散が出来ず、大小便としての排泄も妨げられ、病邪が表裏共に盛んな状態を「表裏倶実」という。また、体内の炎症が強く、反射的に体表血管の収縮が起こり、熱放散が妨げられた状態を「裏熱による表鬱」というが、このいずれかになら投与して効果が考えられる。

 具体的に、こうした病態とは、感冒・インフルエンザ・肺炎・気管支炎・急性腎炎・急性肝炎・胆嚢炎・腎盂炎・膀胱炎・皮膚化膿症・胃腸炎などであるが、しかもその場合でも「表寒・裏実熱か表鬱」を呈する者でなければならない(そうでない証の者になら、感冒やインフルエンザなどには、タミフルなどが比べ物にならないくらい、安全で効果的な漢方薬=適薬がある)。それが「証を合わせる」という漢方の基本なのだ。従って、これらの病名に対して単純に処方=投与すれば効くとは行かないのが漢方薬なのだ。

 ところが、日本漢方ではこの表裏倶実を体力の充実ととらえ、「赤ら顔をした重役タイプの太鼓腹」をアホみたいに目標としている。
 何度も言うが、こんなものは漢方とは無関係のインチキ診断であり、ここから本剤の発汗効果や瀉下利尿効果を、代謝産物の排泄や脂肪の減少に有効だと考え、「肥満」の治療に使うという類推が起こっているのだと思われる。
 そして、これも何度も言うが、証が合わねば全く効かないのが漢方である。日本漢方の欠点は、このような、熱/寒証の診断がいい加減な点である。
 
 日本の医師は、医大で東洋医学の講義を受けていない者が90%である。マークシートに過ぎないとはいえ、国家試験にも以前には出題さえされなかった。すなわち「葛根湯」の使い方すら怪しいのだ。
 チャンドクに鍛えられ散脈もつかめる医女となったチャングムのような能力を持たぬ日本の一般医師は、生薬の区分試験や患者の脈診・問診・望診の試験、漢方の古典の暗唱試験などを彼女のように受ければ間違いなく全員落第するだろう(笑)。

 では、薬剤師なら万全かといえば、医師法に抵触するので患者に触れられず、脈診=脈を取ることができないので、まともな処方はできない。そこで諸症状に対して、患者に詳細に質問し、表/裏・実/虚・熱/寒・燥/湿などの、漢方の基本的診断を問診・望診で行うしかない。これがいい加減なら効くはずがない。
 ちなみに責任感があり、きちんと漢方を学んでいる薬剤師は、医師法違反にならないように、脈診=患者に「触れても」いいように、マッサージ師や柔道整復師や鍼灸師の資格(場合によっては複数)を取っている方々がいらっしゃる。

 一般人が東洋医学的知識無しに買って服用する漢方薬は効かないし、副作用もありえる。中国製痩せ薬を「中国の薬だから漢方薬」的な短絡的な脳味噌で被害に遭ったのは、被害者には些かお気の毒ではあるが、言わば「自業自得」であろう。
 その次が、こうした「日本の製薬会社が作った漢方薬だから安心で効く」といった思考回路になるのだろうが、それも錯覚であり、愚かさにおいては五十歩百歩である。日本の製薬会社の作った薬で、多くの副作用・薬害被害が起こり、人が死んでいる。小柴胡湯問題もあったのだから、漢方薬さえも例外ではない。

 私は漢方に感嘆し、日本相補代替医療学会にも日本統合医療学会にも属し、その効果を科学的に検証する(=証の客観化)という作業に興味を持つ者であるが、こんな生薬資源の無駄遣いとも言える漢方薬の使用拡大には反対だ。

 そも、こんな使い方がはやるのも、日本独自の、メタボリック・シンドロームに関する国際的にインチキな基準に端を発したものではないか。
 それは、かつて総コレステロール値が220mg/dlという国際基準以下の、日本の学会がでっち上げたいい加減な数字に基づいて、高脂血症剤メバロチンを安易に投与し、年間1800億円も医療費を無駄遣いしてきたのと、医療用医薬品と市販薬との差こそあれ、全く同じ構造ではないか。

 痩せたければ、食べないか、コアリズム(笑)しかない。一月半でウェスト85から65になった、くわばたりえを見よ!(爆)

 すなわち、現代人は食べすぎなのだから、摂取カロリー(特に、種々の甘味飲料中の果糖由来のもの→「ポカリ飲む馬鹿、健康馬鹿」)を減らすか、基礎代謝量を上げるために筋肉を増やすしかない。当たり前ではないか。
 もしもサプリメントをとるなら、脂質代謝に関わるビタミンB群、とりわけイノシトールやコリンを多量に含む、良質なものを、海外から輸入して服用するならまだ生化学的に根拠があるが。

 それから薬局やドラッグストアなどで買える大衆薬(OTC医薬品)市場が、一時の低迷を抜け出して急回復していると言われているが、同様に、大衆の無知を利用しているケースとして、過去記事「OTC剤:ガスターは譫妄を起こす、ATP剤は効かない(笑)」で二つの薬品を取り上げているので、興味のある向きは参照されたい。
 そもカネボウがクラシエになったのは経営不振による、業態の整理統合に伴う改名であった。またこの種の薬を平気で売っている他のメーカーもそれなりの評判のメーカーばかりだ。無知な一般人を騙してこんなことで儲けようというさもしい根性は唾棄すべきものだ。

 船場吉兆を初めとして、無知な者は何かに貢がされる構造になっているのが、この世の中である。国家にであれ、製薬会社にであれ。そして、その両方にであれ。
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十全大補湯の肝癌発症に対する防御作用はクッパー細胞由来酸化ストレスの抑制に基づく [東洋医学]


 UNC Gillings School of Global Public HealthでPostdoctoral Research Associateをなさっている土屋雅人先生と山梨大医学部第一外科の松田政徳・河野 寛の両先生は、十全大補湯(TJ-48)が肝癌発症を防御する作用機序を考察し、その肝癌発症に対する防御作用がクッパー細胞由来酸化ストレスを抑制することに基づくことを解明、論文"Protective effect of Juzen-taiho-to on hepatocarcinogenesis is mediated through the inhibition of Kupffer cell-induced oxidative stress"をInternational Journal of Cancer(123:2503-2511)に発表された。


ABSTRACT
Traditional herbal formulations, such as Juzen-taiho-to (TJ-48), are used extensively in medical practice in Asia even though their mechanism of action remains elusive. This study tested a hypothesis that TJ-48 is protective against hepatocarcinogenesis by impeding Kupffer cell-induced oxidative stress. Forty-eight patients were randomly assigned to receive TJ-48 (n = 10), or no supplementation (n = 38) for up to 6 years after surgical treatment for hepatocellular carcinoma (HCC). In addition, to investigate the mechanism of protective action of TJ-48, diethylnitrosamine-containing water was administered for 22 weeks to male mice that were fed regular chow or TJ-48-containing diet. Liver tumor incidence, cell proliferation, number of 8-hydroxy-2-deoxyguanosine- or F4/80-positive cells, and cytokine expression were evaluated. Although most of the patients experienced recurrence of HCC, a significantly longer intrahepatic recurrence-free survival was observed in the TJ-48 group. In mice, TJ-48 inhibited the development of liver tumors, reduced oxidative DNA damage, inflammatory cell infiltration and cytokine expression. Administration of TJ-48 improves intrahepatic recurrence-free survival after surgical treatment of hepatocellular carcinoma. On the basis of animal experiments, we reason that the protective mechanism of TJ-48 involves inhibition of Kupffer cells. This leads to lower levels of pro-inflammatory cytokines and oxidants in liver which may slow down the process of hepatocarcinogenesis and improves hepatic recurrence-free survival in patients with HCC.


【アブストラクト】(Catsduke訳)
 伝統的な漢方処方、例えば十全大補湯(TJ-48)は、その作用機序が十分に解明されてはいないものの、東アジアにおいては広範に治療に用いられてきた。本研究で我々は十全大補湯がクッパー細胞誘発性酸化ストレスを妨害することで肝癌形成を抑制するという仮説を検証した。肝細胞癌(HCC)術後6年以上の48人の患者が十全大補湯投与群(10人)と非投与群(38人)にランダム割り付けされた。加えて、十全大補湯の防御作用機序の解明のために、通常の固形飼料または十全大補湯含有飼料を与えたオスのマウスに肝癌誘発物質であるジエチルニトロソアミン含有水を22週間投与する動物実験も行い、肝癌発生率、細胞増殖、8-ヒドロキシ-2-デオキシグアノシン-またはF4/80-陽性細胞、サイトカイン発現量が評価された。大部分の患者は再発したが、投与群は非投与群よりも無転移生存期間が有意に長かった。またマウスにおいて、投与群は肝腫瘍の発育を抑制し、DNAの酸化による損傷、炎症性の細胞浸潤、サイトカインの発現をいずれも減少させた。十全大補湯の投与によって、肝細胞癌の術後に無転移生存期間を改善できる。動物実験に基づき、我々は十全大補湯の防御作用機序には、クッパー細胞活性化抑制が含まれると判断した。このことは肝における炎症促進性サイトカインとオキシダントを低レベルに抑え、それは肝癌形成の過程を遅らせるだろうし、肝細胞癌患者が再発なく生存できることを可能にする。

【コメント】
 山梨大学医学部第1外科は、各種の病院本でも有名な病院であるが、肝細胞癌の再発予防に漢方薬を用いた研究を医局員が積極的に行っている。松田・河野両先生は2003年に「PROGRESS IN MEDICINE」(和雑誌)(23:1556-1557)に「肝細胞癌発癌抑制を目的とした十全大補湯によるKupffer細胞の活性化抑制と抗腫瘍免疫能活性化 」を発表されている。
 翌2004年には第66回日本臨床外科学会総会で、ツムラのランチョンセミナーである第14回外科漢方研究会でも、「肝細胞癌発癌機序における活性化Kupffer細胞の関与と十全大補湯による再発抑制の試み」をこの3名の先生方を中心とした発表を行っておられる。
【目的】 Kupffer細胞(KC)の肝癌発症における関与の解明と、抗酸化と抗腫瘍免疫活性化作用を有する漢方薬である十全大補湯(TJ-48)投与による、KC活性化抑制を介した抗酸化療法による肝癌発症抑制の可能性を検討した。
【方法】C型肝炎ウイルス(HCV)抗体陽性肝細胞癌患者(HCC群)、慢性HCV感染患者(CH群)、健常者 の血清中8-OHdG、IL-18値を検討した。また肝内のCD68(KCマーカー)、8-OHdG、HNE、IL-18発現を検討した。根治的HCC切除症例において、血清IL-18値と、肝臓の非腫瘍部での8-OHdG発現について再発との関連を検討した。さらに肝癌手術症例を対象にTJ-48を投与し末梢血中IL-18値を測定した。
【成績】血清中8-OHdG値はCH、HCC群で増加。HCV感染肝での8-OHdGとHNE発現は正常肝と比較し有意に増加していた。肝内HNEと8-OHdG発現はCD68陽性細胞と相関し局在が一致した。さらに、IL-18、8-OHdG発現とKC数との間に正相関を認めた。血清IL-18高値群と、肝臓の非腫瘍部での8-OHdG高発現群において、より早期にHCCが再発していた。血清IL-18値はTJ-48投与により2ヶ月より低下し、4ヶ月後ではほぼ正常範囲となり7ヶ月経過した後においてもその効果は持続していた。さらに今回は、これまでの臨床結果を追加報告したい。
【結果】末梢血中IL-18値がKC活性化と肝内酸化ストレスの指標となり予後と相関した。TJ-48投与により末梢血中IL-18は有意に低下した。更なる経過観察が必要であるが肝細胞癌におけるTJ-48による抗酸化療法の可能性が考えられた。


 その後、この3人の先生方は、日本消化器病学会雑誌(2005;102 : 345)に「十全大補湯(TJ-48)によるKupffer細胞活性化抑制効果と肝発癌抑制の検討」を発表されているし、翌年の第42回日本肝癌研究会では、大阪市大・肝胆膵外科学の久保正二先生を座長とした「肝癌の再発予防2」というセッションで、「十全大補湯による肝細胞癌再発予防効果の検討」の演題で発表されている。そして2007年に河野・松田両先生は「十全大補湯による肝細胞癌根治治療後の再発抑制効果」を日本消化器病学会雑誌(104 : 227)に発表している。そうした先行研究が今回の論文の研究につながった訳である。

 一般的に、漢方薬にはフラボノイド等が多く含まれる上に、本来なら土瓶で煎じること=遠赤外線による諸有効成分の重合解除により、強いスカベンジャー作用を有することが示唆されている。単一成分の足し算ではなく、相乗効果による、西洋医薬とは異なる作用機序が想定されるケースが多いが、酸化ストレスの制御により、様々な薬効をもたらすことが、本研究のように証明されていけば、生薬資源の問題はあるにせよ、患者に優しい癌治療が今後ますます可能になっていくだろう。
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【馬鹿騒ぎに抗うシリーズ】救急領域と漢方医学1「救急医学における漢方診療」 [東洋医学]

領域別入門漢方医学シリーズ 「ツムラ・メディカルトゥディ」08年10月29日放送
「救急領域と漢方医学」 熊本赤十字病院 総合内科 加島 雅之 先生

(1)救急医学における漢方診療
1. 救急医学における漢方診療の意義
 救急医学は多くの場合で西洋医学の独壇場である。それは現代の西洋医学がしばしば 「A・B・C」と呼ばれる、救急救命において最初に治療・維持しなくてはならないバイタルの基本である気道・呼吸・循環管理において非常にすぐれた方法論を確立しているためであり、かつて治療が不可能であった頻度の高い致死的疾患に対して有用な診断法と治療法を確立出来たからに違いない。
 これは、古代の漢方医書で治療不能とされた疾患に対して現代医学で診断法と治療法があり、外科治療・臓器補助療法・臓器移植など神話の中で語られた治療技術まで開発できていることでも分かる。また、救急の場では瞬時の病態改善・症状緩和が求められることが多いが、西洋医学では循環・神経作動薬などの即効性が期待できる薬剤の開発が出来ている。

 ただ、一方では西洋医学も万能ではなく、実は救急外来で最も多く遭遇する内科系疾患であるウイルス感染症に対しては漢方治療の方が即効性もあり有効と感じることも多い。また、よく救急の現場で遭遇する不安発作や身体化障害に対して即効性をもって対処可能な選択肢として漢方薬が存在するのも事実である。さらに重篤者で入院させることとなった後の管理においても西洋医学で難渋する問題の解決に漢方が寄与する局面も多い。

2. 救急医学での漢方診療の特徴
 救急医学で求められる漢方診療の特徴としては、第1に即効性が期待できること。第2に、痛み・動悸・めまい・嘔吐・下痢・発熱などの救急でよく遭遇する愁訴に対して強く症状をコントロールすることが出来ること。第3に漢方医学的には主に気や気の熱量的性質に特化した存在である陽と津液の病態を扱うことが多いこと。これは、血の病態は慢性疾患に関与することが多いことと、即効性を期待できる病態が比較的に少ないことによる。

 また、五臓の病態を救急の場で漢方で治療することは現在の日本の医療環境では難しく、一般に漢方の五臓の病態と認識される状況は西洋医学で治療されるか、通常外来での漢方診療の対象となる。第4には相対的に補法より瀉法や理気・利水などの滞りをめぐらせる方法論が用いられることが多い。第5に細かい弁証より主要な病態をまず改善させることが優先される。第6に西洋医学的治療との役割分担の明確化が必要となる。第7に簡便性とすぐに投与が可能ということから特に救急外来ではエキス剤の使用がその中心となるといったことがあげられる。これらの特徴を踏まえた実際の診療の内容は次回以降に詳述する。

3. 救急医学で漢方診療が応用できるシチュエーション
 漢方診療に求められている内容やその治療効果をあげるスピード感に違いがあるため、 救急医学のシチュエーションを救急外来と重篤病態のために入院した以降の状況に分けて論ずることとする。

 まず、救急外来で漢方診療が応用できる局面は最も多いのはウイルス感染症である。対処療法に終始する西洋医学よりも高い効果が期待できる。特にややこじれて来た中期~慢性期のウイルス感染症に対する対処法は驚くほどに西洋医学の方法論は適切な治療法がない。

 しかし、漢方には有効な方法論が多く存在し、また細かな弁証を行わなくても数多くの症状・病態に対処できることも多い。
 救急外来に受診する愁訴の中で比較的おおいものの中に頭痛があるが、機能性頭痛でも症状が強く、通常の鎮痛剤やヒスタミン受容体拮抗薬でも取りきれない頭痛を呈することがある。こうした際に漢方薬を使用する価値は十分にあり、特にある種の病型の頭痛に関しては即効性を持ちかつ著効することも多い。
 確かに西洋医学の鎮痛剤や止嘔剤は強力で即効性があるものが多く、効果も安定しており救急外来の現場で頻用される。しかし、妊娠や基礎疾患・常用薬との相互作用などの関係でそれらの薬剤が使用できない局面もしばしば目にする。こうした際に代替薬として漢方薬を大いに力を発揮することも多い。

 重篤病態で入院後の患者では呼吸循環管理において西洋医学のダイナミックな治療において状態安定となる場合は多い。こうした、いわば西洋医学の独壇場といえるところでも、今一歩コントロールが難しい状況、たとえば気管支喘息発作で入院加療し標準療法を行 っているにも関わらず、なかなか喘鳴が消失しない状況や、敗血症性ショックで入院し大量輸液を行って循環は安定したが全身は浮腫を来している状況でなおかつ血管内脱水があり利尿剤投与だけでは治療が困難な場合などには、漢方療法が有効な局面が存在する。

 また、呼吸循環管理は安定したが、栄養管理や創傷治癒・臓器不全の回復に対しては西洋医学では積極的に働きかける方法論は少なく、こうした状況下で漢方診療の果たす役割は大きい。

 こうした救急疾患における漢方処方の運用の場合にも漢方概念を応用することは重要である。比較的簡単な漢方概念を意識するだけでも驚くほど処方の応用範囲が広がり、また治療効果を高めることが出来る。

4. 救急での漢方診療をする場合に頻用する基本の漢方概念
 気 :流れる性質をもつエネルギー。体を温め、体を動かすなどの生体の働きの一切は気によるもの。
    また、体内のガスも気として認識される。
 陽 :気の中で熱に働くように特化した存在。
 血 :物質としては血液のこと。しかし、働きは臓器の潤い円滑さを保ち、栄養を行う。
津 液:血以外の正常な体液の総称。乾燥を防ぎ、過熱を抑制する。

五臓
 心:意識と循環を支える。
 肺:呼吸と気の生産を支える。
 脾:消化吸収支え、気・津液を円滑に運行させる。
 肝:気と血の流れる量・方向をコントロールすることで、感情・月経を支配する。
 腎:根源的な生命力を蓄える場であり、全身の津液の代謝を調節。成長・老化、生殖、尿の産生を支配する。


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【馬鹿騒ぎに抗うシリーズ】救急領域と漢方医学2「かぜ症候群(含インフルエンザ)に対する漢方診療」 [東洋医学]

領域別入門漢方医学シリーズ 「ツムラ・メディカルトゥディ」08年11月5日放送
「救急領域と漢方医学」 熊本赤十字病院 総合内科 加島 雅之 先生

(2)かぜ症候群に対する漢方診療
 内科系の救急外来に受診する患者で最も多いのはウイルス感染症である。ことにかぜ症候群は群をぬいて多いわけであるが、通常、初期においては、西洋医学の総合感冒薬を使用して多くの場合は対処している。

 一方で、インフルエンザなどのように初期から強い症状を呈して救急外来でも難渋する場合がある。インフルエンザの迅速検査には感度の問題があり、抗ウィルス薬が必ずしも処方されるわけではない。また抗ウイルス薬も初期48時間以内に内服が開始されれば発熱期間の短縮(Catsduke注:タミフルの場合、エビデンスでは1日あるかないかに過ぎないのに異常行動など中枢抑制系の副作用はある。万能薬でも何でも無い!)には有効だが、その他の症状に関してはあまり軽快しないこと、48時間を過ぎると無効であることを考えると漢方診療の出番は多い。

 また、ほとんどのウイルス性疾患では西洋医学では多くの場合は対症療法のみであり、ことに中期~後期の症状には症状のコントロールも難しい。こうした状況下でも漢方は豊富な方法論を持ち、若
干のポイントを押さえれば著効することも多い。

1. 漢方で感染症を考えるときの基本概念
 漢方の感染症の概念(外感病)では気候因子である六淫外邪が体外から侵襲してくるととらえる。そして主に体表面を意味する「表」で最初に闘病反応がおこり、その後、邪が徐々に体内に侵入するに従って、体内の深部構造を意味する「裏」に病態の主座が変化していくのが基本と考えられている。こうした外邪の身体侵襲するために必須のいわば、邪の主役を演じるのは風邪であり、その名をちなんで全てのウイルス感染症の基本モデルである“カゼ”を漢字で「風邪」と書く。

 六淫外邪の侵襲によるカゼ症候群もすべての物を寒熱のカテゴリーに分類する漢方医学の基本的性質にもれなく、主に寒の性質を帯びた外邪と熱の性質を帯びた外邪に弁別し、その対応法は異なる。

 寒性を帯びた外邪は主に冬季や寒冷な気候・環境に誘発されることが多く、悪寒期も比較的長い。一方、熱性を帯びた外邪の侵襲は春~夏の季節や温暖な気候・環境に誘発されることが多く、悪寒期が比較的短く、初期から口渇や強い咽頭痛などの熱性の症状が強い。
 日本のエキス剤は寒の性質を帯びた外邪の侵襲に対しての対応を中心にまとめられた『傷寒論』を出典とする方剤がほとんどを占めるため、熱の性質をおびた外邪の侵襲の場合には工夫を要することが多い(Catsduke注:中医学にはふさわしい方剤がある)。

2. カゼ症候群初期の漢方診療
 カゼ症候群の初期は、漢方医学では「表証」と総括される。表証は寒気が残存し、筋痛などがあり、脈が浮き、舌苔は薄い白苔で変化を来しておらず、腹痛や下痢などの消化器症状や強い咳嗽・喀痰などの腸管や肺といった五臓六腑のような深部臓器の症状を未だ呈していない状態をいう。こうした表証に対しては体表の気を発散させることで外邪をともに発散させる(現象としては軽度の発汗がみられる)、「解表法」と呼ばれる方法論が用いられる。

 まず、寒性をおびた邪の侵襲の病態を論じると、悪寒が強く、発汗を呈しない(Catsduke注:無汗の証)風寒邪の侵襲による表証の場合は麻黄湯が使用される。寒気程度で自発的な発汗が認められる(Catsduke注:有汗の証)風邪単独の侵襲による表証では桂枝湯が使用される。
 風寒邪の侵襲が体表のごく浅い層のみならず、筋肉の層まで影響を与え、表証と後頚部のこわばりや痛みを伴う場合には葛根湯が用いられる。同じように風寒邪の侵襲が体表のごく浅い層のみならず鼻や気管支といったいわゆる肺気が支配する領域に影響を与えた場合、水様鼻水や透明な痰を伴う咳嗽が出現し、いわゆるカタル性の鼻炎や気管支炎を来した場合には小青竜湯が用いられる。

 もし、冬季で強い悪寒・節々の痛みが強く、汗がでないが咽頭痛が強い場合は、表は寒邪が包むとともに内熱がこもっていると考え、大青竜湯が適合となる。インフルエンザではこのタイプになることがしばしばあるが、エキス剤では麻杏甘石湯に桂枝湯を併用する。熱の程度で桔梗石膏を追加してもよい。
 老人などで悪寒が持続しなかなか発熱せず、全身倦怠感が持続する場合は通常の感冒薬では症状の軽快はなかなかはかれない。これは陽が不足しているために闘病反応が引き起こせないのであり、麻黄附子細辛湯(悪寒が強い場合は附子末1g/日を併用)を使用する。
 麻黄附子細辛湯を使用し、悪寒が去った後でなかなか倦怠感などとれない場合は、補中益気湯を内服して気を補うとともに、残った邪の排除に勤めると早期に症状の改善がみられる。

 寒気と熱感が交互に出現する往来寒熱の熱型を呈する場合には半表半裏と呼ばれ病位に病態の主座が移ったことを意味する。ちょうど、体表・外郭の筋肉といった場所が病態の主座であった表証と、消化器や五臓を病態の主座とする裏証の中間に位置する病態で、寒気、頭痛、咽頭痛といった表証の部分症状、上腹部不快感や軽度の吐き気や軟便といった裏証の部分症状を呈する。

 こうした際には小柴胡湯が有効である。実際に救急外来に来院する患者もインフルエンザの時期を除けば多くは、症状出現時から2~3日たって、倦怠感や食思不振といった症状の増悪を迎えて来院することが多く、半表半裏の状態を最も多く見かける。
 また往来寒熱はあるが、まだ体表の違和感などの表の症状が強い場合には、小柴胡湯に桂枝湯を合方した柴胡加桂枝湯が使用され、実際の使用頻度も高い。冬場の風邪で咽頭痛のみが主となり、局所の発赤が強くない場合は甘草湯がよい。もし軽度の咳嗽も伴っている場合は桔梗湯を使用する。

 熱性を帯びた邪による侵襲の場合は初期の純粋な表証に対応することのできる処方は残念ながら日本のエキス剤にはない。しかし、臨床上は多くの患者がやや時間がたったところで、受診することが多いため半表半裏になり始めている段階となっており、小柴胡湯加桔梗石膏で治療可能な場合が多い。咳嗽が強くなり始めている場合には小柴胡湯に麻杏甘石湯を合方し使用する。ウイルス性髄膜炎の初期や副鼻腔炎を起こしやすい人など初期から頭痛を中心とした症状を呈する場合には川芎茶調散が有効な場合が多い。

 ここで湿邪による侵襲の場合を特に論じたい。湿邪はその名から分かるように湿度の高い季節や環境での発症をその特徴とするが、あたかも風寒邪のように悪寒や強い節々の痛みを呈する。
 しかし、熱と結びつきやすい性質をもっており、このときに麻黄湯などを使用するとかえって高熱になったり、倦怠感を増悪させたり嘔吐をしたりといったことを起こす。
 鑑別点としては、梅雨時期や夏季などの発症季節と、表証を呈している、ごく初期から軟便や腹部の不快感やのどが渇くのに飲みたがらない、舌の苔が厚いなどである。

 こうした病態に対しては日本のエキス剤は十分に適応できる処方が少ないが、茵蔯五苓散半夏厚朴湯を合方し、熱の所見に合わせて黄連解毒湯を追加する方法をとる。やや病期が進んでほとんど表証がみられなくなった場合には柴苓湯に熱の所見に合わせて黄連解毒湯を併用することも多い。

3. カゼ症候群後期の漢方診療
 気管支炎の咳嗽に関しても通常の鎮咳薬はなかなか十分な効果は得られない。コデインなどの麻薬系鎮咳薬は痰の喀出を阻害するためにすすめられない。こうした際にも漢方薬は力を発揮する。悪寒期を過ぎ去り気管支炎となり発熱と咳が強い場合は麻杏甘石湯が良い。痰の量が多い場合には五虎湯の方がよい。

 もし、半表半裏の症候で咳嗽時の胸痛などのウイルス性胸膜炎の症状を呈した場合には小陥胸湯と小柴胡湯を合方した柴陥湯の使用がすすめられる。悪寒期を過ぎさり、高熱・発汗・口渇が持続している場合は陽明経証と考え白虎加人参湯がすすめられる。痰が黄色、口渇が強いなどの症状が強い場合には柴陥湯桔梗石膏を追加する。

 回復期に咳嗽が持続する場合は昼夜を問わず乾性咳嗽や切れの悪い痰を伴う咳嗽が持続する場合は麦門冬湯が著効することが多い。夜間咳嗽や不眠・倦怠感の持続などの症状が持続する場合には竹筎温胆湯で改善することも多い。

 さらに明らかにウイルス感染症でも症状が遷延したり、全身状態がわるくて入院することがある。こうした際、多くの場合は半表半裏の病態を呈していることが多く、小柴胡湯を中心に使用し速やかな症状の軽快をえることも多い。
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【馬鹿騒ぎに抗うシリーズ】救急領域と漢方医学3「感染性下痢症などの感染症に対する漢方診療」 [東洋医学]

領域別入門漢方医学シリーズ 「ツムラ・メディカルトゥディ」08年11月12日放送
「救急領域と漢方医学」 熊本赤十字病院 総合内科 加島 雅之 先生

(3)感染性下痢症などの感染症に対する漢方診療
1. 感染性下痢症
 感染性下痢症の多くはウイルス感染または毒素型の細菌性下痢症であり抗生剤の適応はない。よしんば感染型の細菌性下痢症であっても免疫抑制状態や症状がかなりひどくない限りは抗菌薬療法の適応とはならない。そのため西洋医学ではほとんどの場合まったくの対症療法のみということになる。

 標準的な治療法では止嘔剤や腸管蠕動抑制剤を投与し、加えて整腸剤や適応を限って止痢剤を投与することになろうと思うが、一時的に症状が改善しても嘔気や腹痛は持続するとともに全身倦怠感や食思不振といった症状はなかなか改善しない。 また、症状が強い例では輸液をしながら経静脈的に薬剤投与を行っても症状の改善が十分にみられないこともある。

 こうした際には入院ということになるが、感染性下痢症を引き起こすロタウイルスやノロウイルスは感染力が極めて強く、その後の院内感染の対策で難渋させられる。特に症状が強く大流行を見せるロタウイルス・ノロウイルスは救急外来の現場で難渋させられる。しかし、このノロウイルス・ロタウイルス感染症の特徴である水様性下痢と噴水様嘔吐を伴う感染性胃腸炎にこそ漢方薬が著効する。

 冬場で悪寒がなく、水様下痢を呈する場合(噴水様嘔吐の合併は問わない)は風寒邪の胃腸への直接侵襲による水逆と考えられ五苓散が著効する。おおむね五苓散を使用すると嘔吐は15分程度から改善し、下痢は30~1時間で改善する。腹痛が強い場合には芍薬甘草湯の頓用とする。

 また嘔吐があっても五苓散は内服できる場合が多いが、嘔吐が強い場合には湯に溶かして少量づつ内服させる。
 輸液をしながら経静脈的に止嘔剤、腸管蠕動抑制剤を使用しても効果不十分な場合でも五苓散と芍薬甘草湯の投与で軽快する例をしばしば経験する。もし、高熱を呈し、本人も熱感が強かったり「往来寒熱」が見られる場合には柴苓湯または、ほぼ同じことである五苓散+小柴胡湯とした方がよい。

 もし、つよい悪寒があるがなかなか発熱しない時または脈沈を呈したり手足の冷えが強い場合など循環障害がある場合は陽虚水気と考え、真武湯(冷えが強い場合には附子末1g/日を併用)とするほうがよい。この場合は嘔吐を合併することは少ない。

 また、真武湯を使用するような場合には芍薬甘草湯で十分に腹痛が取れないことがあり、その際には附子末0.5gを併用して頓用とする。
 インフルエンザの胃腸型のように悪寒発熱・節々の痛みなどの表証が強くあらわれている時に下痢を呈する場合は体表と胃の経絡の気の流れの阻害がおきた病態と考えられ、葛根湯が有効である(Catsduke注:「太陽と陽明の合病は必ず自ずから下痢す。葛根湯是れを癒す」と古典にある)。

 嘔吐を伴う場合はエキス剤では葛根湯小半夏加茯苓湯を併用する。嘔吐下痢やある程度止んだ後も、吐き気や上腹部不快感、軟便が持続する場合は半夏瀉心湯を服用させると速やかに症状が消失することが多い。

 夏の感染性胃腸炎で水様下痢を呈する場合には侵襲する外邪の性質に湿熱が加わるため清熱の効能を加えた方がよい。そのため日本のエキス剤では柴苓湯(小柴胡湯+五苓散)または茵蔯五苓散がすすめられる。便臭が強い/肛門の灼熱感があるなどの場合は適宜、黄連解毒湯を併用する。
 また、舌の苔が厚い、上腹部不快感が強い、節々の痛みがとれないなどの症候を伴うときは、半夏厚朴湯を適宜併用する。水様下痢の完全な回復は五苓散のときより若干時間がかかり、数時間を要することが多い。

 それでは、典型的な感染性下痢症の症例を1例ご紹介したいと思います。
 症例は28歳の男性です。主訴は突然の嘔吐と下痢で来られました。冬の12月15日に、2時間前からの激しい腹痛と30分ごとに繰り返す嘔吐、水様性下痢のために昼の12時過ぎに救急外来を受診されました。私が診察し、感染性胃腸炎と診断してラクトルリンゲル液で輸液を開始。ブチルスコポラミン20mgとメトクロプラミド10mgの静脈注射を行い、1時間ほど経過をみました。最初、のたうち回るほど苦しがっていらっしゃいましたが、今言ったような処置で、やや吐き気は減少したのですが、下痢と腹痛が持続するとおっしゃっています。そこで、漢方薬を使おうと思いまして、芍薬甘草湯エキスを1袋内服させました。
 15分ほどで腹痛は10分の3まで軽快。五苓散エキスを2包内服していただくと、さらに15分ほどで吐き気もほぼ消失し、腹痛もほぼ消失。以降、下痢をしなくなりました。

[他の感染症 ]
 扁桃炎も溶連菌の迅速抗原検査により細菌感染が確認されない場合は抗生剤の使用適応はない。こうした際にも、まずは小柴胡湯または炎症が強い場合には小柴胡湯桔梗石膏が有効である。

 ウイルス性リンパ節炎も西洋医学ではなかなか有効な方法論はないが、小柴胡湯が有効であることが多い。もし熱感が強い場合には小柴胡湯桔梗石膏がすすめられる。

 副鼻腔炎・中耳炎も近年の研究で抗菌薬の必要な病態は限られてきている。
 こうした際にも漢方薬は速やかに症状の軽快を図れる。副鼻腔炎で漿液性鼻汁である場合は葛根湯加川芎辛夷を用いる。膿性鼻汁の場合には辛夷清肺湯を使用する。それでも鼻閉が強い場合は排膿散及湯を合方し著効することがある。

 出血性膀胱炎もしばしば強い排尿時痛みと血尿で驚いて受診するが、猪苓湯が著効することが多い。
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亜鉛と抑肝散の投与が海馬でのグルタミン酸異常放出を改善する [東洋医学]

 静岡県立大学薬学部の武田厚司先生が、"Attenuation of abnormal glutamate release in zinc deficiency by zinc and Yokukansan"(「亜鉛および抑肝散の投与による、亜鉛欠乏状態におけるグルタミン酸の異常放出の改善」Neurochemistry international 2008:230-235)を発表された(ちなみにインパクト・ファクターは2.975である)。



武田厚司先生は、81年に静岡薬科大学大学院ご卒業後、ただちに放射薬品学教室助手となられ、91年に同教室講師、92年にネブラスカ大学医学部客員研究員、95年にペンシルバニア州立大学医学部客員研究員、00年に静岡県立大学薬学部医薬生命化学教室助教授となられ、現在、同大薬学部薬学科(医薬生命化学分野)および薬学研究科(医薬生命化学教室)准教授を兼務されている。


 ご研究のテーマは「生体微量金属に着目した脳機能解析」「記憶・学習ならびに情動行動における亜鉛の役割」「加齢に伴う脳機能変化の解析」などであり、所属学会は、米国神経科学会・日本神経科学学会・日本薬学会などで、日本微量元素学会では評議員の他複数の委員をなさっており、ご活躍である。

 今回の論文は、亜鉛と抑肝散による、亜鉛欠乏状態でのグルタミン酸異常放出の改善に関するものである。亜鉛不足はグルタミン神経毒性の増大を招く。そこで、抑肝散の構成生薬である川芎・当帰には亜鉛が含まれることが知られている訳だが、亜鉛単独投与および生薬のコンビネーション(朮・茯苓・川芎・釣藤鈎・当帰・柴胡・甘草)たる漢方薬の投与により、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸放出が抑制され、細胞外のグルタミン酸濃度増加が抑制されることを先生方は本研究で示された。
 これは、まさに分子栄養学/分子矯正医学と漢方の融合であり、武田先生は当研究所が理想とする研究形態を実践されている偉大な研究者のお一人である。
[Abstract]
 The mechanism of the abnormal increase in extracellular glutamate concentration in the hippocampus induced with 100mM KCl in zinc deficiency is unknown. In the present study, the changes in glutamate release (exocytosis) and GLT-1, a glial glutamate transporter, expression were studied in young rats fed a zinc-deficient diet for 4 weeks. Exocytosis at mossy fiber boutons was enhanced as reported previously and GLT-1 protein was increased in the hippocampus.The enhanced exocytosis is thought to increase extracellular glutamate concentration. However, the basal concentration of extracellular glutamate in the hippocampus was not increased by zinc deficiency, suggesting that GLT-1 protein increased serves to maintain the basal concentration of extracellular glutamate. The enhanced exocytosis was attenuated in the presence of 100microM ZnCl(2), which attenuated the abnormal increase in extracellular glutamate induced with high K(+) in zinc deficiency. The present study indicates that zinc attenuates abnormal glutamate release in zinc deficiency.The enhanced exocytosis was also attenuated in slices from zinc-deficient rats administered Yokukansan, a herbal medicine, in which the abnormal increase in extracellular glutamate induced with high K(+) was attenuated. It is likely that Yokukansan is useful for prevention or cure of abnormal glutamate release. The enhanced exocytosis in zinc deficiency is a possible mechanism on abnormal increase in extracellular glutamate in the hippocampus induced with high K(+).

アブストラクト(Catsduke訳)
 亜鉛欠乏における100mM KClによって誘導された海馬の細胞外グルタミン酸濃度の異常な上昇のメカニズムはよく分かっていない。本研究では、グルタミン酸放出(開口分泌)における変化と、グリアのグルタミン酸トランスポーターGLT-1の発現が、4週間の亜鉛欠乏食を給餌した若いラットで調べられた。  海馬苔状繊維の終末ボタンにおける開口分泌は以前報告されていたように亢進しており、GLT-1蛋白が海馬で増加していた。亢進した開口分泌は細胞外グルタミン酸濃度を増加させると考えられる。しかし、海馬における細胞外グルタミン酸の基礎濃度は亜鉛欠乏によっても増加せず、そのことは増加したGLT-1蛋白が細胞外グルタミン酸の基礎濃度維持に役立っていることを示唆している。  100μMの塩化亜鉛の存在が、この亢進した開口分泌を減弱し、亜鉛欠乏による高濃度のカリウムイオンに誘導された細胞外グルタミン酸の異常な増加を改善した。本研究は、亜鉛の補給が、亜鉛欠乏下における異常なグルタミン酸放出を改善することを示している。漢方薬である抑肝散を投与された亜鉛欠乏ラットの切片においても亢進した開口分泌は減弱しており、高濃度のカリウムイオンに誘導された細胞外グルタミン酸の異常な増加が抑制されている、このことから抑肝散は異常なグルタミン酸放出の予防や治癒に有益だと思われる。以上から、亜鉛欠乏において亢進した開口分泌が、高濃度のカリウムイオンに誘導されて、海馬において細胞外グルタミン酸が異常上昇するメカニズムであると想定され得る。

 因みに、この論文の先行研究として、「亜鉛欠乏ラットの海馬におけるグルタミン酸とアスパラギン酸の過剰放出に対する抑肝散の抑制効果」("Suppressive effect of Yokukansan on excessive release of glutamate and aspartate in the hippocampus of zinc-deficient rats." Nutritional neuroscience 2008:41-46)がある。

[Abstract]
 Yokukansan (TJ-54), a herbal medicine, has been used as a cure for insomnia and irritability in children. Yokukansan also improves behavioral and psychological symptoms such as agitation, aggression and irritability in patients with dementia including Alzheimer's disease, in which the glutamatergic neurotransmitter system is perturbed. However, the action of Yokukansan in synaptic neurotransmission is unknown.In the present study, the action of Yokukansan in the glutamatergic neurotransmitter system was examined in zinc-deficient rats, a neurological disease model, in which the glutamatergic neurotransmitter system is perturbed. Administration of Yokukansan significantly suppressed the increase in extracellular concentrations of glutamate and aspartate in the hippocampus after stimulation with 100 mM KCl, but not the increase in extracellular concentrations of glycine and taurine, suggesting that Yokukansan is involved in modulation of excitatory neurotransmitter systems. The present study demonstrates that Yokukansan is a possible medicine for prevention or cure of neurological diseases associated with excitotoxicity.

アブストラクト(Catsduke訳)
 漢方薬の抑肝散(TJ-54)は、子供の不眠症や神経症の治療に使用されてきた。また抑肝散は、アルツハイマー病を含む認知症の患者の情緒不安や攻撃性や神経症のような行動的心理的兆候も、グルタミン酸作動性の神経伝達物質システムを攪乱することで改善する。しかし抑肝散のシナプス神経伝達に関わる作用は未知である。本研究で、グルタミン酸作動性の神経伝達物質システムにおける抑肝散の作用が、グルタミン酸作動性の神経伝達物質システムを攪乱した神経学的疾患モデルである亜鉛欠乏ラットで確かめられた。抑肝散の投与は、100 mM KClによる刺激の後の、海馬におけるグルタミン酸とアスパラギン酸の細胞外濃度の増加を有意に抑制したが、グリシンとタウリンの細胞外濃度の増加は抑制できず、このことは抑肝散が興奮性の神経伝達物質システムの調節に関与することを示唆している。本研究は、抑肝散が興奮毒性に付随する神経学的疾患の要望や治療に対する有望な治療薬であることを示している。

 先生の、過去の共著論文を含む主要な学術論文は11本あるが、漢方薬に関わるものが4本あり、そのうち2本が先の抑肝散と亜鉛に関わるもので、その他のご研究には、呉茱萸湯とアドレナリン/セロトニン作動性レセプターや血小板凝集抑制に関する研究(Biol. Pharm. Bull.,2009:237-241/J. Pharmacol. Sci., 2008:89-94)がある(また、まだ論文にはなっていないが、2004年静岡で開催された「第14回金属の関与する生体関連反応シンポジウム」で「亜鉛不足によるグルタミン神経毒性の増大とそれに対する柴胡加竜骨牡蛎湯の抑制効果」を発表しておられるので、これもぜひ論文で読んでみたい内容のご研究である)。
 また亜鉛のみに関わるものは、「低μM濃度の亜鉛による海馬CA1シナプスにおける長期増強の正の調節」("Positive Modulation of Long-term Potentiation at Hippocampal CA1 Synapses by Low Micromolar Concentrations of Zinc" Neuroscience 2009:585-591)をはじめとして5編がある。

 道教の長生術・修行法の基本に「還精補脳」という考え方がある。ここでの「精」とは単純に精液だけを意味するものではないが、貝原益軒の「養生訓」にも例の「接して漏らさず」という句があるように、年齢を減れば精を漏らすと老化が進むという考え方があり、その当時の老化の概念にも当然脳機能の低下が含まれていただろう。
 そして精液には妊孕能との関連も指摘されているように亜鉛が高濃度で含まれていることは周知のことである。また、若くても、中国の皇帝などのように、房事過多が諸病を招いていることは古代から常識であった訳で、先人はこのことを経験的に知っていたのではないかと思われる。

 亜鉛は、周知の通り、SODに不可欠であり、その欠乏は、活性酸素への対抗不能を意味する。また亜鉛不足は免疫力の低下にも関わるし、褥瘡などの創傷治癒も遅れるなど、総じて「老化」を促進しかねないと言ってよいだろう。大変重要な微量元素であることは論をまたない。

 しかし食品中からの補給は、亜鉛を多く含む食品が、コンビニ食やインスタント食やファストフードを多食するような現在の乱れた食生活では、サプリメントででも補給しない限りは摂取しにくく、味覚異常という形で現れないまでも、オプティマルなレベルからすれば潜在的な欠乏症と言える者も相当に多いと考え得る。

 人間は、好き嫌い等、いったん決まった食生活のパターンを変えない者が多い。師の三石 巌の用語で言う「パーフェクト・コーディング理論」に基づけば、亜鉛不足の食生活を選択し、それが継続されれば、亜鉛を必要とする諸酵素が働けず、体内の諸々の生化学反応の完遂に支障を来す。すなわち程度の軽重の差こそあれ「病気」になるわけだ(このことは他の微量元素やビタミンについても同様である)。
 それが漢方で言う「未病」=不健康なレベルで留まるか、はっきり「病気」になってしまうかは、他の種々のファクターによる。
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漢方薬の作用機序と腸内細菌フローラ/腸管免疫 [東洋医学]

第8回 腸管機能と免疫研究会・学術集会
2月14日 於:北里大学・北里生命科学研究所

 当番世話人の尾崎 博先生(東京大学)のもと、上記の学術集会が開催され「腸内フローラと消化管機能」をテーマに活発な議論が展開された。基調講演2題、および講演4題のうち、漢方薬の作用機序に関わる、基調講演・講演各1題を引用・紹介する。


「漢方薬はなぜ効くのか-配糖体は腸内菌の助けを要するプロドラッグ」
 田代 眞一 先生(昭和薬科大学病態科学研究室 教授)


 主要な生薬の成分の多くは配糖体である。配糖体は糖が付いているため水溶性が高く、リン脂質から成る細胞膜を通過できず吸収されない。
 だが、腸内には100兆を超える菌が棲み、こうした菌の中には糖を切り、エネルギー源として利用する資化菌がいる。一方、糖を外され脂溶性の高まった糖を除いた部分であるアグリコン(aglycone)は、細胞膜から吸収され、薬理作用を示す。

 田代先生は、勤務していた病院で芍薬甘草湯を月経痛に応用することにした。芍薬甘草湯は芍薬と甘草の2成分から成る単純で切れ味の良い方剤であり、筋肉の攣縮に伴う痛みに著効を示す。芍薬の主成分であるペオニフロリン(paeoniflorin)と甘草の主成分であるグリチルリチン(glycyrrhizin)は共に配糖体であり、有効性の差の原因は菌叢の差であると考えた。

 頓用では著効例が約1割、有効例が半数で、約4割は効果を示さなかった。腸内菌はエネルギー源として糖を摂取することから、資化した菌は選択的に増えるはずであり、芍薬甘草湯を投与しているうちに効くようになると推測した。

 そこで、無効例と有効例の一部を対象に、事前に腸内菌を増やし、十分量の酵素誘導能を確保する目的で、月経開始予定日の5~7日前より1日1包だけ処方するスケジュールを追加した結果、顕著な有効性を示した。漢方薬中の配糖体は、腸内細菌によって活性化されるプロドラッグであるといえる。漢方薬の効果に個人差があるのは、食の好みや腸内環境の差を反映した菌叢の個人差が大きく影響していると考えられる。

 大黄やセンナの瀉下成分はセンノシドとされてきた。しかし、センノシドを静脈注射しても下痢は生じない。これはプロドラッグだからである。腸内でビフィズス菌などによって、β結合しているブドウ糖が外され、セニジンとなり、さらに半分に切られてレインアンスロンとなって作用する。

 漢方を服用し始めた時に便が緩みやすいのは、資化菌が選択的に増え、菌叢が変化したためであると考えられる。また、抗菌剤と併用すると、資化菌が死滅し、漢方薬の効果が落ちる可能性がある。
 田代先生は「漢方薬と抗菌剤との安易な併用は止めるべきである。さらに漢方薬を投与し始めた時や変方した時には、その中の成分を利用できる資化菌が選択的に増えることから、菌叢が変化し、下痢や腹痛を起こすことがあり、事前に服薬指導することが望ましい」と結んだ。


粘膜免疫機構制御剤としての補剤の役割
 清原 寛章 先生(北里大学 北里生命科学研究所 和漢薬物学 准教授)

 清原先生らは、漢方薬の代表的な補剤である十全大補湯と補中益気湯が、生体防御が低下した病態での各種感染症の治療に用いられることから、これらの方剤の上気道粘膜免疫系に対する作用を比較した。
 インフルエンザワクチンを若年マウスと加齢マウスに経鼻接種し、十全大補湯と補中益気湯を投与したところ、加齢マウスにおいて補中益気湯のみに上気道でのインフルエンザウイルス特異的IgA産生の増強が認められた
 また、同様の系で若年マウスと加齢マウスにおいて、補中益気湯のみに全身免疫系でのインフルエンザ特異的IgG産生増強が認められた。そこで、補中益気湯を中心に検討したところ、卵白アルブミン(OVA)の経口投与により誘導される、腸管と上気道粘膜局所での抗原特異的IgA産生の増強が認められた。

 次に、マウスに補中益気湯を1週間投与したところ、パイエル板において、24種類の免疫関連分子mRNA発現が顕著に変化した。特にCD62L陽性末梢血リンパ球数とパイエル板リンパ球数の増加が認められた
 以上の結果から清原先生は「補中益気湯はパイエル板でのCD62L陽性Bリンパ球を誘導し、局所粘膜実効組織への移送を促進すると考えられる」と述べた。

 次に、補中益気湯の腸管上皮細胞に対する作用を検討した。補中益気湯をラットに投与したところ、十二指腸由来細胞株の免疫機能に影響を与えた。また、補中益気湯は抗がん剤のメトトレキサートを投与したマウスの腸管上皮細胞機能を回復させた。

 また、清原先生らは、補中益気湯から得られる分画画分を検討したところ、粘膜免疫機構調節活性の発現には、高分子多糖画分が関与していることが認められた。さらにこの高分子多糖画分には、17種類の多糖含有成分が含まれ、これらはパイエル板免疫担当細胞と腸管上皮細胞株のいずれにも作用した。清原先生は「補中益気湯はパイエル板免疫担当細胞および腸管上皮細胞への直接作用を介した粘膜免疫機構に対する調節作用を有していると示唆される」と結んだ。

ツムラ「漢方スクエア」94号(09.4.22)より一部を引用紹介。強調は引用者が加えた。
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十全大補湯のIL-12とIL-18の誘発作用と、その後のNKT細胞活性作用 [東洋医学]


 都立墨東病院・消化器内科部長の藤木和彦先生と昭和大歯学部(口腔解剖学教室)の中村雅典教授などが、論文「十全大補湯のIL-12とIL-18の誘発作用と、その後のNKT細胞活性作用」"IL-12 and IL-18 Induction and Subsequent NKT Activation Effects of the Japanese Botanical Medicine Juzentaihoto"(Int J Mol Sci. 2008, 9,p.1142.オープンアクセス論文=無料pdf])をInternational Journal of Molecular Sciences誌に発表した。

Abstract
In this study, we first measured some cytokine concentrations in the serum of patients treated with Juzentaihoto (JTT). Of the cytokines measured interleukin (IL) -18 was the most prominently up-regulated cytokine in the serum of patients under long term JTT administration. We next evaluated the effects of JTT in mice, focusing especially on natural killer T (NKT) cell induction. Mice fed JTT were compared to control group ones. After sacrifice, the liver was fixed, embedded and stained. Transmission electron microscope (TEM) observations were performed. Although the mice receiving the herbal medicine had same appearance, their livers were infiltrated with massive mononuclear cells, some of which were aggregated to form clusters. Immunohistochemical staining revealed that there was abundant cytokine expression of IL-12 and IL-18 in the liver of JTT treated mice. To clarify what the key molecules that induce immunological restoration with JTT might be, we next examined in vitro lymphocyte cultures. Mononuclear cells isolated and prepared from healthy volunteers were cultured with and without JTT. Within 24 hours, JTT induced the IL-12 and IL-18 production and later (72 hours) induction of interferon (IFN)-gamma. Oral administration of JTT may induce the expression of IL-12 in the early stage, and IL-18 in the chronic stage, followed by NKT induction. Their activation, following immunological restoration could contribute to anti-tumor effects.

[アブストラクト:Catsduke訳]
 本研究で我々は先ず十全大補湯(以下、JTT)による治療を受けた患者の血清中の各種サイトカイン濃度を測定した。長期投与患者の血清中では、IL-18の発現上昇が最も顕著であった。次に、JTTのマウスへの影響、とりわけナチュラルキラーT細胞(NKT)の誘導能に注目して評価するため、JTT投与マウスを対照群と比較した。屠殺後、肝臓を固定・包埋・染色し、透過型電子顕微鏡 (TEM) による観察を行った。免疫組織染色法では、JTT投与マウスの肝臓中で、IL-12とIL-18のサイトカイン発現が多いことが示された。我々は次にJTTによる免疫学的回復を誘導する中心分子が何かを明らかにするため、in vitroでリンパ球を培養して調べた。健康なボランティアから単核細胞が採取・準備され、JTT処理群/未処理群が培養された。24時間で、JTTはIL-12とIL-18の産生を誘発し、次いで(72時間で)インターフェロン-γを誘発した。JTTの抗腫瘍作用は、最初にIL-12とIL-18の発現を誘発、続いてNKT細胞を活性化することによるものと思われる。

[コメント]
 癌の補助化学療法といった、免疫学的には非科学的で、かつ患者のQOLを下げて、再発を早めるだけの治療は、海外の諸論文や阪大の胃癌に関する研究や、慶応大の近藤 誠先生の告発・啓蒙などによって、以前ほど無意味に行われることは少なくはなりました。例えば、5FUが経口(聞く筈が無い)で認可されていたのは日本だけだったからです。しかし、吐き気止めと合剤になり、化学構造を僅かに変えただけの詐欺のような経口剤がその後開発されるなど、日本の製薬会社の抗癌剤に対するパラダイムには疑義を抱かざるを得ません。

 以前から、例えば、大阪市大では、旧・第一生化学と第三内科が、十全大補湯の抗腫瘍活性をIFN-γとIL-2産生増強に見いだす報告を早くから行っていました(Japanese Journal of Allergology 1988;37:57-60)し、愛媛大などの研究では、十全大補湯のような漢方薬の「補剤」には、西洋医学で言う副作用も無く、癌手術後の患者の回復を助け、免疫力を高め、再発を防ぐ効果のあることが示されていました。補助療法としては、よほど漢方治療の方が意味のある投薬であることは今や論を俟たないでしょう。しかし、漢方というだけで、効果を疑うような向きも医家にはいないわけではありません。

 こうした免疫学的機序が示された研究が数多く出ることで、積極的に漢方薬が利用され、患者の体質改善がなされて、再発が防がれ、トータルで癌医療に関する医療費が抑制されることが望まれます。

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QOLを高める癌治療における漢方併用療法1 [東洋医学]

第46回 日本癌治療学会 総会ワークショップより

人参養栄湯は抗癌剤による血小板減少を抑えて抗癌剤の抗腫瘍効果を落とさない

田中哲二 先生(和歌山県立医科大学医学部産科・婦人科学教室 准教授)

 抗癌剤の副作用の1つである血小板減少症には血小板輸血が行われるが、血小板輸血は抗血小板抗体産生を誘発、癌患者の余命を縮める場合も少なくない。また現在、血小板減少を抑えるための特効薬は開発されていない。
 
 田中先生は、人参養栄湯(TJ-108)を使って血小板減少症を予防し、抗癌剤治療を行い効果を上げておられる。

「卵巣癌の患者さんに、まず1コース目にCPT-11とカルボプラチンを投与したところ、血小板数が1.7万(/μL)に下がり、やむなく血小板を輸血して乗り切りました。癌が縮小していたので2コース目も同じ抗癌剤を投与した際に人参養栄湯も投与、血小板最低値は6.4万で経過して血小板輸血を行わずに済んだのです(白 涛ほか『産婦人科漢方研究のあゆみ19』診断と治療社,2002,p.149)」と症例を挙げた田中先生は、以下の3点を検証された。
 1.なぜ人参養栄湯は抗癌剤の副作用である血小板減少を抑えるのか。
 2.漢方薬は抗癌剤感受性を抑制しないのか。
 3.漢方薬の中でも人参養栄湯が最適なのか。

「別の卵巣癌の患者さんで、抗癌剤の1コース目は血小板が6~7万に下がったもののあまり減少はしませんでした。2コース目を行ったところ、1コース目より下がってきたため、3コース目に人参養栄湯を併用したところ、血小板は10万以上を維持しました。この患者さんの人参養栄湯投与コースでの血清中のさまざまな骨髄系幹細胞増殖促進サイトカインを測定しました。変動はなく、人参養栄湯は骨髄系幹細胞増殖促進サイトカインに直接影響を及ぼしているわけではないと考えられます(深山雅人ほか『産婦人科漢方研究のあゆみ18』診断と治療社,2001,p.97)」と述べられた(図1)

 図1人参養栄湯はCTP(CAP)療法誘発血小板減少を予防する

 次に、人参養栄湯の作用機序を明らかにするため、成熟雌ラットから大腿骨髄細胞を取り出し検証された。抗癌剤を添加すると骨髄細胞死を招くが、成人男性の人参養栄湯服用血清を添加すると、骨髄細胞死を抑制した。

 また、人参養栄湯は抗癌剤感受性を減退させるかどうか検討された。これまで、抗癌剤とともに人参養栄湯を併用して効果をあげた具体的な症例をいくつか示し、田中先生は「私自身が、担当した卵巣癌、子宮体癌、子宮頸癌等でCPT-11を使った患者さんで癌消失、縮小等の評価可能病変を有する20人の患者さんのうち有効だった人17人、奏効率85%。パクリタキセル+CBDCA療法を行った患者さんでは奏効率94.4%。すべて人参養栄湯を併用しています。これらの奏効率は抗癌剤だけを投与した時の一般に報告されている奏効率よりはるかに高く、少なくとも人参養栄湯は臨床的に癌細胞の抗癌剤感受性を下げてはいないことがわかります」とおっしゃる(図2,3)。

 図2人参養栄湯併用CPT-11化学療法を行った(評価可能病変有)患者の治療成績


 図3人参養栄湯併用パクリタキセル+CBDCA化学療法を行った(評価可能病変有)患者の治療成績

 また、田中先生はラットの幹細胞を用いて他の漢方も検討、骨髄幹細胞増殖を刺激する可能性の高い漢方薬をスクリーニングなさっている。最後に「人参養栄湯よりも、血小板減少を抑える可能性のある漢方薬もあります。人参養栄湯では少なくとも1週間か10日ぐらいで血小板の数値は上昇しますが、もっと効く可能性のある漢方薬も複数あります。実際に数日で血小板数を上昇させる漢方薬もあります」と語られた。

[ツムラツムラメールマガジン85号より転載紹介]
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『WHO西太平洋地域伝統医学国際標準用語集』発行。 [東洋医学]


 2004年より、WHO西太平洋事務局の主催で伝統医学用語の国際標準化作業が精力的に進められてきている。
 WHO西太平洋事務局は、これまで3回に亘り国際会議を招集し、2004年10月北京、2005年6月東京、2005年10月大邱(韓国)でそれぞれ開催してきた。同事務局・尾身 茂局長は、その趣旨についてこう述べている。「伝統医学の適切な使用を促進するため、そのプログラムの主なテーマは“証拠に基づくアプローチによる標準化”である。

 この文脈で、これまで西太平洋地域の伝統医学の標準化作業(例えば用語、鍼灸の経穴の位置、薬物治療、研究、診療、情報交換など)が進められてきている」という。今回の用語集発刊の目的は、1)伝統医学のよりよい理解、教育、トレーニング、実践と研究のための共通の用語体系を提供すること、2)関係国での情報交換を容易にすることがあげられている。

 いっぽうわが国でもこの国際的な動向に対して、意欲的な取り組みがなされてきた。日本東洋サミット会議は、2005年5月、東洋医学に関連する国内6団体(下記)を中心に、伝統医学に関する国の支援体制の確立、WHOの伝統医学に関する各種の標準化作業への参加、伝統医学に関する国際協力などを目的に結成された。当然、WHO西太平洋事務局の伝統医学用語に関する今回の国際標準化作業にも大きな関心を寄せてこられた。

 このたび、その成果としてWHOから、“WHO International Standard Terminologies on Traditional Medicine in the Western Pacific Region”『WHO西太平洋地域伝統医学国際標準用語集』が発行された。

 伝統医学用語約4,000が、それぞれ「コード番号:Code」「英語表記:term」「漢字表記:Chinese」「定義/説明:Definition/Description」の4つから整理されている。なお、中国語は現在の簡体字ではなく、繁体字が用いられ、日本の医書や漢方医も一部日本読みで掲載されているが、生薬名や漢方方剤の収載はみられない。

 従って、その内容は全体としては、必ずしも日本の漢方医学の現状すべてを反映したものとは言えないが、尾身局長は、今後の展開を踏まえ、国際的な第一歩としての意義を強調された。この用語集発行を契機に、日本東洋サミット会議がさらにいっそう西太平洋地域の伝統医学発展のため、国際的に重要な役割を担うことが期待される。

 本書はWHO Regional Office for the Western Pacificの「Publications and documents」コーナーから全文をPDFで閲覧できる。
 http://www.wpro.who.int/publications/docs/WHOIST_26JUNE_FINAL.pdf


 また、書籍の形態での所持をお求めのかたは「Who International Standard Terminologies on Traditional Medicine in the Western Pacific Region」を購入できる。

Who International Standard Terminologies on Traditional Medicine in the Western Pacific Region(paperback)

Who International Standard Terminologies on Traditional Medicine in the Western Pacific Region(Hardcover)

<日本東洋医学サミット会議(JLOM)のメンバー>
 社団法人 全日本鍼灸学会(会長:矢野 忠先生)
 日本生薬学会(会長:正山 征洋先生)
 社団法人 日本東洋医学会(会長:石野 尚吾先生)
 和漢医薬学会(理事長:野村 靖幸先生)
 北里研究所東洋医学総合研究所・WHO伝統医学研究協力センター(センター長:花輪 壽彦先生)
 富山大学医学部和漢診療学講座・WHO伝統医学研究協力センター(センター長:嶋田 豊先生)

【コメント】
 WHO の伝統医療に関する著作を紹介しておきます。

 WHO(R. バンナーマンら)編『世界伝統医学大全』

 アーユルヴェーダやイスラム圏のユナニ医学、鍼灸・ヨーガから、占いと悪魔払いの効用、薬用植物の資源保護、伝統医学の組織的側面など、補完代替医療や伝統医学に興味を持つ方々必携です。

 さらに他の東洋伝統医学(東アジア〜東南アジア〜南アジア)関連の参考書を紹介します。

P.ユアール『アジアの医学―インド・中国の伝統医学』


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