中皮腫、鉄の過剰蓄積が原因=アスベストによる発症解明―名古屋大 [癌の分子医学]
アスベスト(石綿)により発症する中皮腫は、悪性の鉄分が体内に過剰蓄積されることが原因だったことを、名古屋大学の豊国伸哉教授らの研究グループがラットを使った実験で突き止めた。研究成果は3日付の英科学誌「Journal of Pathology」の電子版に掲載された。
豊国教授は「既に石綿を吸入した患者の中皮腫発症予防治療開発や早期発見につながる可能性がある」と話した。【時事通信 8月4日 3時5分配信 】
上で言及されている論文は「Iron overload signature in chrysotile-induced malignant mesothelioma」(アスベスト誘発性の悪性中皮腫には特徴的な鉄の過剰蓄積が存在する)というタイトルの論文で、アブストラクトはここで見られる。

以下、Catsdukeが翻訳、紹介する。
Abstract
Exposure to asbestos is a risk for malignant mesothelioma (MM) in humans. Among the commercially used types of asbestos (chrysotile, crocidolite, and amosite), the carcinogenicity of chrysotile is not fully appreciated. Here, we show that all three asbestos types similarly induced MM in the rat peritoneal cavity and that chrysotile caused the earliest mesothelioma development with a high fraction of sarcomatoid histology. The pathogenesis of chrysotile-induced mesothelial carcinogenesis was closely associated with iron overload: repeated administration of an iron chelator, nitrilotriacetic acid, which promotes the Fenton reaction, significantly reduced the period required for carcinogenesis; massive iron deposition was found in the peritoneal organs with high serum ferritin; and homozygous deletion of the CDKN2A/2B/ARF tumour suppressor genes, the most frequent genomic alteration in human MM and in iron-induced rodent carcinogenesis, was observed in 92.6% of the cases studied with array-based comparative genomic hybridization. The induced rat MM cells revealed high expression of mesoderm-specific transcription factors, Dlx5 and Hand1, and showed an iron regulatory profile of active iron uptake and utilization. These data indicate that chrysotile is a strong carcinogen when exposed to mesothelia, acting through the induction of local iron overload. Therefore, an intervention to remove local excess iron might be a strategy to prevent MM after asbestos exposure.
[アブストラクト]
アスベスト被曝は、ヒトの悪性中皮腫(MM)のリスクの一つである。商用利用された種々の形態のアスベスト(白石綿、青石綿、茶石綿)の中で、白石綿(クリソタイル)が十分に評価されていなかった。ここに我々は、これら3種のアスベスト全てが、ラットの腹腔に悪性中皮腫を誘発することと、白石綿が早期中皮腫の発生の原因であることを肉腫組織学を用いて示した。
白石綿誘発性の中皮腫発癌の病変形成は鉄の過剰蓄積と強く関連していた:鉄キレート剤の反復投与によって、フェントン反応を促進するニトリロ三酢酸が発癌期に有意に減少した;腹腔内器官に広範な鉄の沈着と高濃度な血清フェリチンが見られた;CDKN2A/2B/ARF腫瘍抑制遺伝子のホモ欠損は、ヒト中皮腫や齧歯類の鉄誘発性発癌において最もよく見られる遺伝子変異だが、それがアレイベースの比較遺伝子交雑形成研究において92.6%のケースで見られた。
誘発されたラットの悪性中皮腫細胞は、中胚葉特異的な転写制御因子であるDlx5とHand1の高発現を明らかにし、能動的な鉄の取り込みと利用に関する鉄の制御特性を示した。これらのデータは、白石綿が、中皮に接触したときに局所的な鉄の過剰蓄積による誘発作用によって強力な発癌物質となることを示している。それ故に、局所的な鉄蓄積を除去する処置は、アスベスト被曝後の悪性中皮腫発生を予防する治療戦略となり得るだろう。
名古屋大の第1病理学教室の豊国伸哉教授は、活性酸素と病理との関わりの研究における権威の一人であるが、社会と基礎医学研究の接点を求めるというポリシーで、アスベスト被曝による発癌である「中皮腫」の各種研究を夙に行ってきた方である。
最近では、昨年、カーボンナノチューブの直径と発ガン性に強い関連があることを突き止め、直径50nmサイズの毒性が最も高かったことを発見されている。カーボンナノチューブはアスベストのように細く丈夫な構造をしているので、細胞をガン化させやすいことを解明されたのである。
成果は「米科学アカデミー紀要」に、「多層カーボンナノチューブの直径と剛性は、中皮細胞傷害と中皮腫形成に重要な因子である」("Diameter and rigidity of multiwalled carbon nanotubes are critical factors in mesothelial injury and carcinogenesis" [PNAS December 6, 2011 vol.108 no.49 E1330-E1338 ])として掲載された(オープンアクセス論文)。

アスベストによる肺癌の発生機序は、ガラス状の微細な針状繊維が末梢細気管支周辺で肺胞マクロファージに貪食されても消化ができないために、マクロファージが自爆し次亜塩素酸や過酸化水素などの活性酸素やライソゾームなどの酵素を過剰にまき散らす結果となって、炎症が慢性的に起こるせいだと考えられている。
こうして肺内に残存する石綿繊維の部分は石綿小体の形はとらず、繊維のまま肺内に残存し続ける訳で,肺線維化の原因となる。
悪性中皮腫は、肺を取り囲む胸膜、肝臓や胃などの臓器を囲む腹膜にできる腫瘍ではあるが、これに類する機序が想定される。気管支や肺末梢に吸入された石綿は脈管を介して胸腔内に運ばれるという説と、肺に吸入されたアスベストが直接肺を突き抜けて胸膜を刺激するという説の二つがあるが、ただ、石綿の壁側胸膜への到達経路については現在も不明である。
いずれにせよ、上のカーボンナノチューブによる誘発実験は、まさにそのパラダイムに基づくものであろう。
ところが、本論文では、アスベストに関しては、鉄を含まない白石綿と、鉄を含む青石綿・茶石綿の3種類あるのだが、97匹のラットを3グループに分け、各石綿を腹部に投与する実験をしたところ、すべてのラットが中皮腫を発症し、中皮腫周辺の細胞の鉄含有量を測定したところ、どのグループも健康な場合の3~5倍の鉄を含んでいたということだった。
肺内に残存する石綿繊維の一部は、鉄含有蛋白を含む石綿小体を形成するから、そこからすれば、青石綿・茶石綿の両者が鉄を介した発癌の原因かと思われるが、白石綿を投与したラットも中皮腫を発症したとなると、単純な想像を超える機序が想定されねばならないだろう。
石綿繊維の表面には強力な吸着力があるが故に、かつては産業排液中の有害微量物質の除去などに利用されていた訳だが、そこからすれば、鉄の含有に関わらず白石綿も発癌物質の担体として働いているのではないかと思われる。
白石綿は、かつては鉄を含まないため発癌性は低いとされていて、現在でも日本以外のアジア諸国では使用されているが、この研究では、白石綿は体内の赤血球から鉄を過剰に集めていることが分かった。
さて、本論文で言われている癌抑制遺伝子の欠損において、鉄の過剰蓄積による発癌との関連が指摘されている。豊国教授は「中皮腫の発症過程で、局所的に鉄が過剰になることを明らかにできた」と仰っている。
つまり、鉄との関わりが指摘されているということは、ヒドロキシラジカルという活性酸素の発生で有名な「フェントン反応」と関わっているということになる。
TVドラマ『ER』の第1か第2シーズンくらいだったと思うが、子供が食卓上の大人用のマルチミネラルの瓶から勝手に錠剤を服用している事を問診から突き止められなかったので、急性の肝障害の原因が分からず、調査に家庭訪問して気づいた時には既に遅く、キレート治療が遅れて死に至らしめてしまい、救急医たちが「鉄中毒」を疑わなかったことを悔いるエピソードがあったことをご記憶の一般の方はあるだろうか。
鉄サプリメントの過剰摂取を避けなければならないのは、このフェントン反応に由来するのだ(ちなみに、レバーなどを常食する肉食民族である欧米人は、物理的な鉄分不足がさほど心配ないため、閉経後の女性や男性はiron-freeのマルチビタミン&ミネラルサプリメントを服用するのが常識になっている)。
物理的刺激が根本原因に見えた中皮腫も、結局は、鉄によるフェントン反応が根本原因であることを解明した功績は大きい。
アブストラクトには書かれていないことだが、肺胞に入り込んだ微細な繊維を取り除くことは難しいものの、過剰な鉄蓄積を、鉄分不足にならないようにキレート治療することなら比較的容易にできるので、中皮腫の発生予防や進行を抑える治療の可能性が開けてきたからである。
ディシブルドの研究をさらに進展させた名古屋大! [癌の分子医学]
胃や前立腺のがん細胞の転移に、「デイプル」と呼ばれるたんぱく質の働きが関わっていることを、名古屋大医学部の高岸麻紀研究員らの研究グループが突き止め、30日までに英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」の電子版に掲載された。記事の論文は「The Dishevelled-associating protein Daple controls the non-canonical Wnt/Rac pathway and cell motility」(Dapleは非標準的ななWnt/Racシグナル伝達経路と細胞運動性をコントロールする)である。
高岸研究員は「デイプルが胃がんや前立腺がんの転移を抑える治療法開発の鍵になる可能性がある」としている。
研究グループは、デイプルを培養した細胞実験で、胃や前立腺がんの転移を促す信号として知られる別のたんぱく質「ウィント」の働きとの関連を調べた。
その結果、デイプルを培養した細胞では、ウィントがデイプルを活性化して突起物が作られ、細胞が移動した。デイプルの働きを抑えた細胞では、大きな変化は見られなかったという。
マウスに傷を付けた実験では、皮膚の表面や真皮の中にあるデイプルが傷口の治癒に効果があることも判明。高岸研究員は「デイプルが人体にどう作用するかを調べ、がんの予後の回復や転移の仕組みを解明したい」と話している。[時事通信社 - 05月30日 21:05]
オープンアクセス論文なので全文を無料で見られる。
以下、アブストラクトを引用する。
[Abstract]*さっき見て、やっつけで訳したので、誤訳があるかもしれません。その場合は、識者のご教示をお願いします。
Dishevelled is the common mediator of canonical and non-canonical Wnt signalling pathways, which are important for embryonic development, tissue maintenance and cancer progression. In the non-canonical Wnt signalling pathway, the Rho family of small GTPases acting downstream of Dishevelled has essential roles in cell migration. The mechanisms by which the non-canonical Wnt signalling pathway regulates Rac activation remain unknown. Here we show that Daple (Dishevelled-associating protein with a high frequency of leucine residues) regulates Wnt5a-mediated activation of Rac and formation of lamellipodia through interaction with Dishevelled. Daple increases the association of Dishevelled with an isoform of atypical protein kinase C, consequently promoting Rac activation. Accordingly, Daple deficiency impairs migration of fibroblasts and epithelial cells during wound healing in vivo. These findings indicate that Daple interacts with Dishevelled to direct the Dishevelled/protein kinase λ protein complex to activate Rac, which in turn mediates the non-canonical Wnt signalling pathway required for cell migration.
[アブストラクト]Catsduke訳
ディシブルド(Dvl)とは、胚発生や組織維持や癌の進展に重要な、(β-catenin依存的に転写を制御する)canonicalなものと(RacやRhoなどの活性化を引き起こす)non-canonicalなものの、双方のWntシグナル伝達経路に共通のメディエーターである。
後者のWntシグナル伝達経路では、Dvlの下流で機能している低分子GTPアーゼのRhoファミリーは、細胞運動において重要な役割を果たしている。
しかし後者のWntシグナル伝達経路がRacの活性化を制御する機序は未だ知られていない。
ここに我々はデイプルが、Wnt5a刺激依存的なRacの活性化とDvlとの相互作用を通じて、膜状仮足(ラメリポディア)の形成を制御することを示す。
デイプルは、DvlとaPKCのアイソフォームとの複合体形成を増加させ、それが結果的にRacの活性化を促進している。従って、デイプルの欠乏は、生体内での創傷治療時における繊維芽細胞と上皮細胞の運動を障害する。
従って、これらの発見は、デイプルがDvlと相互作用をし、Dvl/PKλタンパク複合体をしてRacの活性化に向かわせ、それが次に細胞運動に必要なnon-canonicalなWntシグナル伝達経路を媒介するということを示している。
*体組織を作ること以外で、最も重要なタンパク質の機能が「シグナル伝達」です。細胞内では、生命維持にとって情報のシグナルを、タンパク質の情報をリレーによって伝達しています。ただ、そこにエラーが生じると細胞の無限増殖=「癌化」が起こりえます。
そのシグナル伝達系の中で最も重要な役割を果たすのは、上の論文で触れられている「Wnt[ウィント]シグナル伝達系です。ここに異常が起こると肝臓癌などが発生しうるのです。
この伝達系の重要な部分は、ディシブルド(Dvl)などによって調節されていることは分かっていましたが、細かいメカニズムは不明でした。日本では兵庫県立大の樋口・柴田先生、イギリスではM・ビエンツ博士たちの研究グループによって、ディシブルドの特異な構造が明らかになりました。
*名古屋大のグループは、すでに、高橋先生の研究室で「癌関連遺伝子の発癌および形態形成における役割」を研究していたわけですが、筆頭著者である特別研究員の高岸麻紀先生(腫瘍病理学)の今回の論文で、さらにDapleの追究を通してDvlの関与をより詳細に解明した点に画期性があります。
この分野の研究が更に進展して、癌の浸潤・転移の抑制に関わる、「細胞毒ではない」抗癌剤の開発などに繋がれば素晴らしいと思います。
男性で高い肝細胞がん有病率の分子機序を解明 [癌の分子医学]
カリフォルニア大学サンディエゴ校のWillscott E. Naugler博士らは、肝細胞がん(HCC)の有病率が女性よりも男性で高い理由の根拠となる分子機序をScience(317: 121-124)に発表した。この機序には、女性がエストロゲンから得る保護作用が関連している。

<DENへの曝露でIL-6産生促進>
男性が女性よりもHCCの有病率が高い理由として、男性ではB型肝炎ウイルス(HBV)/C型肝炎ウイルス(HCV)に感染する可能性やアルコール乱用/喫煙の可能性が高いことが挙げられるが、遺伝やホルモンに関与する因子も影響を及ぼしている。
Naugler博士らは「マクロファージの1種であるクッパー細胞(KC)によるインターロイキン(IL)-6産生が、エストロゲンの介入により阻害されるため、女性では肝がんリスクが低下する」と述べている。
同博士らはこの知見は将来、臨床上の進歩につながると推測し、「今回の知見を利用して男性のHCCを予防できる可能性がある」としている。

<DENへの曝露でIL-6産生促進>
男性が女性よりもHCCの有病率が高い理由として、男性ではB型肝炎ウイルス(HBV)/C型肝炎ウイルス(HCV)に感染する可能性やアルコール乱用/喫煙の可能性が高いことが挙げられるが、遺伝やホルモンに関与する因子も影響を及ぼしている。
Naugler博士らは「マクロファージの1種であるクッパー細胞(KC)によるインターロイキン(IL)-6産生が、エストロゲンの介入により阻害されるため、女性では肝がんリスクが低下する」と述べている。
同博士らはこの知見は将来、臨床上の進歩につながると推測し、「今回の知見を利用して男性のHCCを予防できる可能性がある」としている。