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亜鉛と抑肝散の投与が海馬でのグルタミン酸異常放出を改善する [東洋医学]

 静岡県立大学薬学部の武田厚司先生が、"Attenuation of abnormal glutamate release in zinc deficiency by zinc and Yokukansan"(「亜鉛および抑肝散の投与による、亜鉛欠乏状態におけるグルタミン酸の異常放出の改善」Neurochemistry international 2008:230-235)を発表された(ちなみにインパクト・ファクターは2.975である)。



武田厚司先生は、81年に静岡薬科大学大学院ご卒業後、ただちに放射薬品学教室助手となられ、91年に同教室講師、92年にネブラスカ大学医学部客員研究員、95年にペンシルバニア州立大学医学部客員研究員、00年に静岡県立大学薬学部医薬生命化学教室助教授となられ、現在、同大薬学部薬学科(医薬生命化学分野)および薬学研究科(医薬生命化学教室)准教授を兼務されている。


 ご研究のテーマは「生体微量金属に着目した脳機能解析」「記憶・学習ならびに情動行動における亜鉛の役割」「加齢に伴う脳機能変化の解析」などであり、所属学会は、米国神経科学会・日本神経科学学会・日本薬学会などで、日本微量元素学会では評議員の他複数の委員をなさっており、ご活躍である。

 今回の論文は、亜鉛と抑肝散による、亜鉛欠乏状態でのグルタミン酸異常放出の改善に関するものである。亜鉛不足はグルタミン神経毒性の増大を招く。そこで、抑肝散の構成生薬である川芎・当帰には亜鉛が含まれることが知られている訳だが、亜鉛単独投与および生薬のコンビネーション(朮・茯苓・川芎・釣藤鈎・当帰・柴胡・甘草)たる漢方薬の投与により、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸放出が抑制され、細胞外のグルタミン酸濃度増加が抑制されることを先生方は本研究で示された。
 これは、まさに分子栄養学/分子矯正医学と漢方の融合であり、武田先生は当研究所が理想とする研究形態を実践されている偉大な研究者のお一人である。
[Abstract]
 The mechanism of the abnormal increase in extracellular glutamate concentration in the hippocampus induced with 100mM KCl in zinc deficiency is unknown. In the present study, the changes in glutamate release (exocytosis) and GLT-1, a glial glutamate transporter, expression were studied in young rats fed a zinc-deficient diet for 4 weeks. Exocytosis at mossy fiber boutons was enhanced as reported previously and GLT-1 protein was increased in the hippocampus.The enhanced exocytosis is thought to increase extracellular glutamate concentration. However, the basal concentration of extracellular glutamate in the hippocampus was not increased by zinc deficiency, suggesting that GLT-1 protein increased serves to maintain the basal concentration of extracellular glutamate. The enhanced exocytosis was attenuated in the presence of 100microM ZnCl(2), which attenuated the abnormal increase in extracellular glutamate induced with high K(+) in zinc deficiency. The present study indicates that zinc attenuates abnormal glutamate release in zinc deficiency.The enhanced exocytosis was also attenuated in slices from zinc-deficient rats administered Yokukansan, a herbal medicine, in which the abnormal increase in extracellular glutamate induced with high K(+) was attenuated. It is likely that Yokukansan is useful for prevention or cure of abnormal glutamate release. The enhanced exocytosis in zinc deficiency is a possible mechanism on abnormal increase in extracellular glutamate in the hippocampus induced with high K(+).

アブストラクト(Catsduke訳)
 亜鉛欠乏における100mM KClによって誘導された海馬の細胞外グルタミン酸濃度の異常な上昇のメカニズムはよく分かっていない。本研究では、グルタミン酸放出(開口分泌)における変化と、グリアのグルタミン酸トランスポーターGLT-1の発現が、4週間の亜鉛欠乏食を給餌した若いラットで調べられた。  海馬苔状繊維の終末ボタンにおける開口分泌は以前報告されていたように亢進しており、GLT-1蛋白が海馬で増加していた。亢進した開口分泌は細胞外グルタミン酸濃度を増加させると考えられる。しかし、海馬における細胞外グルタミン酸の基礎濃度は亜鉛欠乏によっても増加せず、そのことは増加したGLT-1蛋白が細胞外グルタミン酸の基礎濃度維持に役立っていることを示唆している。  100μMの塩化亜鉛の存在が、この亢進した開口分泌を減弱し、亜鉛欠乏による高濃度のカリウムイオンに誘導された細胞外グルタミン酸の異常な増加を改善した。本研究は、亜鉛の補給が、亜鉛欠乏下における異常なグルタミン酸放出を改善することを示している。漢方薬である抑肝散を投与された亜鉛欠乏ラットの切片においても亢進した開口分泌は減弱しており、高濃度のカリウムイオンに誘導された細胞外グルタミン酸の異常な増加が抑制されている、このことから抑肝散は異常なグルタミン酸放出の予防や治癒に有益だと思われる。以上から、亜鉛欠乏において亢進した開口分泌が、高濃度のカリウムイオンに誘導されて、海馬において細胞外グルタミン酸が異常上昇するメカニズムであると想定され得る。

 因みに、この論文の先行研究として、「亜鉛欠乏ラットの海馬におけるグルタミン酸とアスパラギン酸の過剰放出に対する抑肝散の抑制効果」("Suppressive effect of Yokukansan on excessive release of glutamate and aspartate in the hippocampus of zinc-deficient rats." Nutritional neuroscience 2008:41-46)がある。

[Abstract]
 Yokukansan (TJ-54), a herbal medicine, has been used as a cure for insomnia and irritability in children. Yokukansan also improves behavioral and psychological symptoms such as agitation, aggression and irritability in patients with dementia including Alzheimer's disease, in which the glutamatergic neurotransmitter system is perturbed. However, the action of Yokukansan in synaptic neurotransmission is unknown.In the present study, the action of Yokukansan in the glutamatergic neurotransmitter system was examined in zinc-deficient rats, a neurological disease model, in which the glutamatergic neurotransmitter system is perturbed. Administration of Yokukansan significantly suppressed the increase in extracellular concentrations of glutamate and aspartate in the hippocampus after stimulation with 100 mM KCl, but not the increase in extracellular concentrations of glycine and taurine, suggesting that Yokukansan is involved in modulation of excitatory neurotransmitter systems. The present study demonstrates that Yokukansan is a possible medicine for prevention or cure of neurological diseases associated with excitotoxicity.

アブストラクト(Catsduke訳)
 漢方薬の抑肝散(TJ-54)は、子供の不眠症や神経症の治療に使用されてきた。また抑肝散は、アルツハイマー病を含む認知症の患者の情緒不安や攻撃性や神経症のような行動的心理的兆候も、グルタミン酸作動性の神経伝達物質システムを攪乱することで改善する。しかし抑肝散のシナプス神経伝達に関わる作用は未知である。本研究で、グルタミン酸作動性の神経伝達物質システムにおける抑肝散の作用が、グルタミン酸作動性の神経伝達物質システムを攪乱した神経学的疾患モデルである亜鉛欠乏ラットで確かめられた。抑肝散の投与は、100 mM KClによる刺激の後の、海馬におけるグルタミン酸とアスパラギン酸の細胞外濃度の増加を有意に抑制したが、グリシンとタウリンの細胞外濃度の増加は抑制できず、このことは抑肝散が興奮性の神経伝達物質システムの調節に関与することを示唆している。本研究は、抑肝散が興奮毒性に付随する神経学的疾患の要望や治療に対する有望な治療薬であることを示している。

 先生の、過去の共著論文を含む主要な学術論文は11本あるが、漢方薬に関わるものが4本あり、そのうち2本が先の抑肝散と亜鉛に関わるもので、その他のご研究には、呉茱萸湯とアドレナリン/セロトニン作動性レセプターや血小板凝集抑制に関する研究(Biol. Pharm. Bull.,2009:237-241/J. Pharmacol. Sci., 2008:89-94)がある(また、まだ論文にはなっていないが、2004年静岡で開催された「第14回金属の関与する生体関連反応シンポジウム」で「亜鉛不足によるグルタミン神経毒性の増大とそれに対する柴胡加竜骨牡蛎湯の抑制効果」を発表しておられるので、これもぜひ論文で読んでみたい内容のご研究である)。
 また亜鉛のみに関わるものは、「低μM濃度の亜鉛による海馬CA1シナプスにおける長期増強の正の調節」("Positive Modulation of Long-term Potentiation at Hippocampal CA1 Synapses by Low Micromolar Concentrations of Zinc" Neuroscience 2009:585-591)をはじめとして5編がある。

 道教の長生術・修行法の基本に「還精補脳」という考え方がある。ここでの「精」とは単純に精液だけを意味するものではないが、貝原益軒の「養生訓」にも例の「接して漏らさず」という句があるように、年齢を減れば精を漏らすと老化が進むという考え方があり、その当時の老化の概念にも当然脳機能の低下が含まれていただろう。
 そして精液には妊孕能との関連も指摘されているように亜鉛が高濃度で含まれていることは周知のことである。また、若くても、中国の皇帝などのように、房事過多が諸病を招いていることは古代から常識であった訳で、先人はこのことを経験的に知っていたのではないかと思われる。

 亜鉛は、周知の通り、SODに不可欠であり、その欠乏は、活性酸素への対抗不能を意味する。また亜鉛不足は免疫力の低下にも関わるし、褥瘡などの創傷治癒も遅れるなど、総じて「老化」を促進しかねないと言ってよいだろう。大変重要な微量元素であることは論をまたない。

 しかし食品中からの補給は、亜鉛を多く含む食品が、コンビニ食やインスタント食やファストフードを多食するような現在の乱れた食生活では、サプリメントででも補給しない限りは摂取しにくく、味覚異常という形で現れないまでも、オプティマルなレベルからすれば潜在的な欠乏症と言える者も相当に多いと考え得る。

 人間は、好き嫌い等、いったん決まった食生活のパターンを変えない者が多い。師の三石 巌の用語で言う「パーフェクト・コーディング理論」に基づけば、亜鉛不足の食生活を選択し、それが継続されれば、亜鉛を必要とする諸酵素が働けず、体内の諸々の生化学反応の完遂に支障を来す。すなわち程度の軽重の差こそあれ「病気」になるわけだ(このことは他の微量元素やビタミンについても同様である)。
 それが漢方で言う「未病」=不健康なレベルで留まるか、はっきり「病気」になってしまうかは、他の種々のファクターによる。
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